第百十五話 オソロシイ会議、始まってしまう
ヴェールガ公国神聖図書館の中には、大きな礼拝堂がある。
そこは、極めて壮麗な場所だった。
灯されたロウソクの火、ゆらゆら揺れる炎に照らされて、豪奢なステンドグラスが浮かび上がる。
中央、一段高くなった位置に置かれた国王の椅子。そこは、ヴェールガ国王、すなわち、神の座す玉座だ。立派な玉座の見下ろす先には、円形の聖餐卓が置かれていた。
それは王の食卓。王が家臣たちと共に食事を共にする、祝福を表したもの。
そして、そこは会議の中心人物が座る特別席でもあった。
聖餐卓を取り囲むようにして、椅子が三重に置かれていた。
「ふぅむ……これは……司教会議の会場だけあって非常に厳粛な雰囲気ですわね」
ゴクリと喉を鳴らしつつ、ミーアは、部屋の中央、聖餐卓についた。ミーアの左隣にはレアとリオネル。右隣にはラフィーナとオウラニアが座る。
さて、席についてから、ミーアは改めて会場に目をやり……。
「……そうそうたる方たちが集まっているようですわね」
その雰囲気に圧倒され、思わずつぶやいてしまう。
ミーアたちを取り囲むようにして座っている者たち。
温和な顔をした者がいた。いかめしい岩のような顔をした者がいた。たくましい体格の騎士神官や賢者のような風貌の者、大物然とした恰幅の良い者、切れ者の雰囲気をまとった若い青年、ニコニコと笑顔ながら、まったく心の読めない年齢不詳な男などなどなど……。
一筋縄ではいかなそうな……実に雰囲気のある者たちが、部屋の中に集められていた。
そのピリピリとした空気に、ミーアは気圧されてしまう。
――こっ、これだけの方たちを前に下手にボロは出せませんわ……。中にはきっと、わたくしのことを、ラフィーナさまの権威を狙って近づいてきた不逞の輩と思っている方もいるでしょうし。
なにやら、自分に向けられた視線が、ちょっぴり鋭いような感じがしてしまって……。
目立つところ、レアに任せて良かったぁ、と胸を撫で下ろしてしまうミーアであった……のだけど。
やがて、最後に入ってきたヴェールガ公オルレアンが聖餐卓の席に着いた。
礼拝堂内を静かに眺めてから、立ち上がり、空席の玉座のほうに向かった。
高く玉座を仰ぎながら、厳かな祈りの言葉を唱える。
しばし、沈黙。その後、静かに目を開け、振り返った。
片手を、聖餐卓に置いた神聖典に置き、もう片方の手を天に向けて、
「それでは、これより司教会議を始めます。神の御前での会議であることをわきまえ、慎みと謙遜をもって、互いの徳となる言葉を交わす時としましょう」
そこで言葉を切り、それから彼は厳かに告げる。
「この度の会議の議題は、セントノエル学園生徒会からの提案を受けて再開するパライナ祭についてです」
会場に集まる司教たちをゆっくりと見回した後、オルレアンはミーアたちに目を向ける。
「提案者であるセントノエル学園生徒会の方々にも、会議に参加していただきます。ご異議のある方はいらっしゃいますか?」
周りの司教たちに問いかける。
しばしの沈黙、その後、オルレアンは満足げな笑みを浮かべる。
「では、ご異議はないものとみなします。こうして、ティアムーン帝国のミーア姫殿下をお迎えして、このような会議を開けることを心から嬉しく思います。この大陸に対してミーア姫殿下が立てられた功績、それはまさに、神の祝福を受けたものだった。多くの弱き民を救い、神の憐みをこの地に体現された。そのような方に、この場所に来ていただけたことを、光栄に思います」
――あら、そんなこと言って、大丈夫かしら?
オルレアンの言葉に、ミーアは少々、心配になる。
――オルレアンさまの言葉に反感を抱く者もいるのではないかしら?
っと、周囲を見回し……ミーアは違和感を覚える。こう、なんというか……実に温かな視線が自分たちに向けられていたからだ。
そうなのだ、ミーアは、想像もしていなかったのだ。
この場に一人も……ただの一人さえも! ミーアの功績に疑義を唱える者がいないなどということは!
いや、そりゃあ、薄々とはわかっていた。
先ほどは、見ないふりをしていたけれど……。
ラフィーナの父親にして、ヴェールガ公国の最高位、公爵にして大祭司たるヴェールガ公と親しくなってしまったこと。
神聖典の正しさを確保するための重要機関、神聖図書館の長である、ヴェールガ保守派の重鎮ユバータ司教とすっかり打ち解けて仲良くなってしまっていること。
同じく保守派重鎮のもう一人、ルシーナ司教にもすっかり気に入られてしまった挙句、その息子と娘たちともすっかり仲良くなっている状況であること……。
それらは、もちろんミーアは熟知していた。
国のトップと重鎮二人がミーアを支持している以上、もしかしたら、この場には味方しかいないんじゃないかなぁ、と察しないこともなかったのだ。
しかし……である。
ミーアが読むような物語においては、仮に敵の重鎮を味方に引き入れたとしてもそれはそれ。いつの間にやらピョコっと生えてきたスゴそうな敵が立ちはだかるものなのだ。
だからこそ……さすがに、このような場にあっては、ミーアに対して一定の距離を置くというか……大丈夫か? と冷静に疑問を差し挟んでくれる者がいると思うではないか。
思うではないかっ!
だというのに……。
「素晴らしい」
「あれが、帝国の叡智と謳われる方か」
「我らが理想の統治を体現されている方に、神の祝福がありますように」
いかめしい顔をした司教が、無骨な騎士神官が、腹に一物ありそうな切れ者っぽい青年神官ですら!
ミーアに温かな、優しい、尊敬の目を向けていた!
ミーアにとって実に……実に恐ろしい会議は、こうして幕を開けるのだった。