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第百十四話 ウマリスペクト

 さて、リオネルたちとの話し合いを終えたミーアは、アンヌを引き連れて厩舎を訪れた。

 昨晩の立役者の一人……否、一頭を労うためである。

「でも、どうして、地下道にいたんでしょうか?」

 不思議そうに首を傾げるアンヌである。ちなみに、その手には、急遽、ミーアが用意した荒嵐のオヤツ、厳選されたリンゴが入ったバスケットがあった。

「さて、さすがにわかりませんけれど……。わたくしの匂いを追ってきたのか、はたまた、勝手に抜け出して駆け回っていたコースがたまたま、あの地下水路だったのか……」

「案外、ミーアさまの危機をきちんとわかっているのかもしれませんね」

「あら、アンヌ、すっかり騎馬王国の民のようなことをおっしゃいますわね。ふふふ、でも、そうですわね。荒嵐なら、もしかしたら、そんなこともあるのかもしれませんわ」

 ミーアの荒嵐への信用は、比較的高い。

 性格に若干の難はあれど、幾度も危機を乗り越えてきた荒嵐に、ミーアは戦友のような親しみを感じているのだ。

「昨晩も助けられたのは確かですし、きちんと労ってやらねばなりませんわ」

 そうして二人で連れ立って、厩舎の中を覗き込む。っと……。

「あら……? ディオンさん、こんなところでなにを?」

 帝国最強の騎士、ディオン・アライアが荒嵐にブラッシングしていた。

 意外な先客に、ミーアは瞳を瞬かせる。対してディオンは、すでに接近を察していたのか、慌てず騒がず向き直り……。

「これは、姫さん。ご機嫌麗しゅう」

 姿勢を正し、慇懃に臣下の礼を取った。

「こんなところで、どうなさいましたの?」

 怪訝な顔をしつつ歩み寄る。っと、ディオンは肩をすくめてから荒嵐のほうに目を向けた。

「いえね、昨晩はこいつに助けられたから、お礼をと思いましてね」

 ディオンの言葉がわかっているのか、いないのかはわからないが……、荒嵐は、ふふん、まぁ、いいってことよ、と、ほんの少しだけドヤァ顔をしているように見えた。

「兵士の僕はともかくとして、イエロームーン家の姫さんをあんなところで死なせるわけにはいかなかったからね。助かったよ」

 そう語りかけながら、荒嵐の首筋をブラッシングする。気持ちよさそうに荒嵐が鼻を鳴らした。口をニィッと開けて、ご機嫌だ!

「しかし、よく、荒れ馬の荒嵐に乗れましたわね。昨晩は体が痺れていたのでしょう?」

 ふと不思議になって、ミーアは尋ねる。っと、今度はディオンのほうが怪訝そうな顔をして。

「ん? いや、荒れ馬なんてことはありませんでしたよ。さすがは月兎馬という速さではありましたがね、あまり揺らさぬように走ってくれたから、実に乗りやすかった」

 そう言って、ディオンが目を向ければ、お前もあの身体で、なかなかやるじゃねぇか、っという感じで、ぶーふっと鼻を鳴らす荒嵐。なにやら、すごく気持ちが通じ合っていそうな雰囲気だった。まるで、戦友同士が互いを称え合うような、実に親しげな様子だった!

 ――ううむ、なにかしら……こう、微妙に気に入らないというか……。なにやら、わたくしの時とずいぶん違うような……。わたくしには、まぁったく向けられないような、深い深いリスペクトがあるような気がしますわ!

 微妙に、こう……納得いかないモヤモヤが胸に渦巻くものの……。

「骨のあるいい馬ですよ、こいつは」

 そのディオンの言葉に、ミーアは、ふっと表情を緩める。

「ふふふ、それに関しては異論の余地はありませんわね。いい馬ですわ、荒嵐は。なにしろ、わたくしもずいぶん助けられましたから。あの狼使いの馬から逃げ切ったわけですし、頼りになるやつと言うことは確かですわね」

 それからミーアは、アンヌの持っているバスケットからリンゴを取り出した。

 おいおい、今日はどうしたんだ? っとちょっぴり驚いた顔をする荒嵐に、ミーアは笑みを浮かべる。

「しかしまぁ、よくよく考えると、奥さんや子どもを置いてここまで来てくれて、しかも、リーナさんとディオンさんを助けた上、わたくしの危機にも駆けつけるなんて……。これは、なかなかに忠義の者と言えるのではないかしら?」

 そっとリンゴを差し出すと、もっそり口が近づいてきて、ぱくりとリンゴをかじる。

 しゃくしゃーく、と、良い音を立てて食べる荒嵐。それを微笑ましく眺めていると、ふいに荒嵐の鼻がむぐむぐむぐっと動いた。来るかっ!? っと警戒するミーア。であったが、荒嵐は、ふふんっと笑うように鼻を鳴らした。

「こいつ……からかってますわね。ぐぬぬ、生意気なやつ……」

 っと、むぅっとした顔をするミーアに、ディオンが愉快そうに笑った。

「ははは、きっと姫さんのことが気に入ってるんだろう。構ってほしいと思っているのさ」

「ふーむ、そうかしら……。怪しいものですけど……」

 小さくため息を吐いてから、ミーアは言った。

「まぁ、いいですわ。それならば、遠乗りに付き合ってもらうことにしますわ。司教会議の前に、気分転換したいと思ってましたの」

 ミーアの言葉に、やれやれ、しゃーねぇなぁっ! っという感じで、ぶるるーふっと鼻を鳴らす荒嵐であった。

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― 新着の感想 ―
そういや人語理解疑惑のある動物にゴールドシップとか言うのがいたなあ。いえ、特に他意はありませんけどね。他意は。
[一言] 実は ①荒嵐の背中か腹辺りに巧妙に隠されたファスナーが装備されており、荒嵐の中に誰か入っている。 ②荒嵐は通常の人間を遙かに上回る知能・知識と経験と言語解読力がある、ブラックユーモアとイタズ…
それを微笑ましく眺めていると、ふいに荒嵐の鼻がむぐむぐむぐっと動いた。来るかっ!? っと警戒するミーア。であったが、荒嵐は、ふふんっと笑うように鼻を鳴らした。 「こいつ……からかってますわね。ぐぬぬ、…
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