第百十二話 ミーア姫、毅然とした態度で決意する
神聖ヴェールガ公国司教会議。
それは、中央正教会の頂点、大祭司たるヴェールガ公オルレアンの呼びかけで開催されるものだ。主だった司教たちが一堂に会し、議題を話し合う非常に厳格なものだった。
参加できるだけで名誉なものであり、自身の名に箔をつけたい凡百の貴族や王族などは、金銭を積んででも参加したいものではあるのだが……まぁ、ごくごく当たり前のことながら、ミーアは、出たいなどとは微塵も思わない。
まぁったく! 微塵も! 思わない! 思わないったら思わない! なので……。
「しっ、司教会議などと……わたくしには、とてもとても……恐れ多いことですわ」
などと、手をふるふると振るミーアである。
「わたくしが、そのような光栄な場所になど、分不相応というものですわ」
「もう、ミーアさん。そんな謙遜は不要よ」
ミーアの言葉にラフィーナは、思わずといった様子で苦笑いを浮かべる。
「そうですよー。ミーア師匠ー。もう、分不相応だなんて、冗談はほどほどにしないとー」
などと、オウラニアが続く。
他の面々も、またまたーと言った感じで、実に、こう……微笑ましい空気感だった!
ミーアはそれを見てミーア、察する……逃げ場は、ない!
――ぐぅ、し、しかし、これは絶対ボロが出そうですわ!
なにしろ、ヴェールガの名だたる聖職者たちが集まってくるのだ。
誰もが、ヴェールガ公オルレアンのように、柔和で善良な人ではない。
誰もが、ユバータ司教のように、物わかりがよくもない。
誰もが、新月地区の神父のように、ラフィーナの肖像画で誤魔化されもしないのであって……。
――今までが、割と友好的な方が多かったから油断してしまいそうになりますけど、まったくもって油断は禁物ですわ。何をきっかけに文句をつけられるか、わかったものではありませんわ。
自らの俗っぽさを熟知するミーアである。そのような聖なる会議に出てしまっては、粗が目立つこと請け合いだ。
ということで、ミーア、毅然とした態度で決意する。今回はあくまでもレアの後ろに隠れる、ということを!
「わ、わかりましたわ。ですけど、あくまでも生徒会長はレアさんですし。パライナ祭の発案者もレアさんですわ。ゆえに、わたくしは、リオネルさんと共にサポートに徹しさせていただきますわ」
「その謙虚さはとてもミーアさんらしいとは思うけど……でも、そんなふうに遠慮しなくっても……」
などと……自慢のお友だちを、みなにご披露できることにウッキウキだったラフィーナは、眉をひそめる。
けれど、ミーアはゆっくりと首を振り……。
「いえ、謙遜などしておりませんわ。まったく。ただ、今回はレアさんが適任だと考えるゆえですわ」
レアにとって、公都ドルファニアはホームである。アウェーのミーアがでしゃばるなど、もってのほかである!
「では、海産物研究所のほうも、やっぱり、オウラニアさんに任せるのかしら?」
しょんぼり、残念そうなラフィーナの問いかけに、ミーアはしかつめらしい顔で頷き……。
「それももちろん……」
オウラニアに説明してもらうほうが……と思いかけたミーアであったが……直後、ゾクリ、と背筋にナニカが走る。
オウラニアに任せると、こう……ないことないこと話されて、大変な礼賛をされてしまうのではないか……という悪い予感がしてしまって……。
「え、ええと、そう……ですわね。まぁ、海産物研究所のことは、わたくしから、お話しさせていただこうかしら? 足りないところがあれば、オウラニアさんに補足していただくとして……」
っと、目を向ければ、
「わかりましたー。ミーア師匠の功績を余すところなく伝えさせていただきますー」
なぁんて、実に誇らしげな顔で頷くオウラニアがいた。ミーアは見事、トラップを回避したのだった。
――あ、危ないところでしたわ! しかし……下手なことを口走らぬよう、しっかりと事前に打ち合わせる必要がございますわね。
内心で安堵の吐息をこぼしつつ、ミーアは静かに頷いて、
「レアさんとオウラニアさん、それにリオネルさんと打ち合わせがしたいですわ。お二人はもうすでにいらっしゃっているのかしら?」
「ええ。ドルファニアについたとの報告は受けているわ。もう少ししたら、この神聖図書館に来ると思うのだけど……ああ、ちょうど来たかしら……」
コンコン、っと控えめなノックの音。直後、ドアが開き、件の二人が入ってきた。
「ああ、レアさん、リオネルさん、来ましたわね」
「ミーア姫殿下、ラフィーナさま、ご機嫌麗しゅうございます」
ミーアのほうに目を向けると、レアはそっと両手を組んで、深々と頭を下げる。
「ご機嫌よう、レアさん。お久しぶりですわね。リオネルさんも……」
っと視線を向けると、リオネルが生真面目な顔で頭を下げる。
「ご機嫌麗しゅう。お元気そうでなによりです、ミーア姫殿下」
その、実に賢そうな顔を見て、ふむ、っとミーアは頷き、
――生徒会選挙の時を思い出すと、リオネルさんは頼りになるはずですわ。なんとか、リオネルさんのサポートでレアさんに表に立ってもらえれば……。
などと思うミーアは、完全に失念していた。
彼、リオネルこそが、他ならぬ、あのベルの祖父であるということを……。
「うふふ、ありがとう。実はちょうど、司教会議について相談しなければと、あなたたちのことをお話ししていたところですのよ? 着いて早々で申し訳ありませんけど、よろしいかしら?」