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第百六話 一瞬、一秒たりとも……

 それから、ミーアはチラリとオウラニアのほうに目を向けた。

 今対峙しているジーナは、ガヌドス港湾国の国王ネストリと息子カルテリアの関係改善のために、大いに寄与できる存在だ。

 上手くすれば、オウラニアの助けにもなるだろう。

 ということで、ミーアはオウラニアの師匠として、一肌脱ぐことにする。

「ところで、ジーナさん、あなたはずっとそのように生きてきましたの?」

「どういうことでしょうか?」

 その問いかけに、ジーナは、どこか悄然とした顔で見上げてきた。

「例えば、お子さんが……カルテリアさんが生まれた時、その子を可愛いと思いませんでしたの? 幼い日に、遊んでとせがまれて、可愛いとは思いませんでしたの?」

 ミーアには、一つの疑問があった。

「食事を食べさせている時、だんだんと大きくなってきた子を見て、一時たりともそこに愛情は感じませんでしたの? お母さま、と呼ばれた瞬間に、愛おしさは一切感じませんでしたの?」

 例えばの話……悪人は、生まれた瞬間から死ぬ瞬間まで、首尾一貫して悪人なのだろうか?

 どの瞬間を切り取っても冷酷で、自分たちとは一切違う感情を持っていて、肉親への優しさも思いやりもなく、何があっても救われないものなのだろうか?

 子を愛する必要はないと言い切ったジーナは、父親を殺させるために息子を育て上げた彼女は……ただの一瞬も、母としての愛情を感じることはなかったのだろうか?

 ……恐らく、そんなことはない、とミーアは考える。そのように、演技と感情を完全に切り分けることができるわけがない、と……。

「そのような振る舞い方では、カルテリアお兄さまが慕わないのではないかと思いますー。お兄さまは、ジーナさんのために、国王を暗殺しようとしたんだからー」

 弟子オウラニアから、援護射撃が飛んでくる。けれど、ジーナは口元に嘲るような笑みを浮かべて、

「ずいぶんと……甘ったれたことを言うのですね、オウラニア姫殿下。さすがは、夢見がちなあの人の娘です。そんなの、そのように振る舞っていただけで……」

「本当に、すべては演技であったと言い切れますの? 母のように振る舞った時のあなたは、全て偽りであったと? 一瞬、一秒もあなたは楽しいことがありませんでしたの? 一切、その心は動かず、幸せを感じることもなく、ただ虚しさを心に抱えながら、愛される母親を演じるだけであったと?」

 ミーアは、あえて、一度、言葉を切って、それから真正面からジーナを見つめて。

「そんなことはないはずですわ」

 ここが押し時! とばかりに、グッと言葉に力を込めて……。

「そんなことは、絶対にない。わたくしたち人間は……そのようにはできておりませんもの。その心を凍りつかせようとしても、そのようなこと、できるはずがないのですわ」

 一度、大きく息を吐き、一転穏やかな口調でミーアは語り掛ける。

「あなたは、そんなご自分の心を無理やりに封じ込めたのではありませんの? あなたはご自分が感じている幸せを、ただの演技だと思い込み、無理やりに手放そうとした」

 ミーアは、ジーナの言葉にはできない心の内を言語化していく。否! ……あなたの心情って、実はこういうことなんでしょう? っと思いこませていく!

「しかも、あなたの心を縛っているのは、あなたのお父さまですらないのかもしれませんわ。あなたが、ご自分で勝手に思い込んでいるだけなのかもしれませんもの」

「なにを言うのですか? 帝国の叡智、私を愚弄しようというのですか?」

「あら? あなたこそ、お父さまを愚弄しているのではありませんの? 仮にあなたのお父さまが『親が子を愛する理由はない』と考えていたとして……その理由がないからと言って、あなたに愛情を注がぬ方であったとでも言うつもりですの?」

 そうしなければならないから、そうするのではない。

 子を愛さなければいけないというしきたりがなくとも、子を愛してはいけない理由にはならないからだ。

「あなたのお父さまは、あなたにどんなことを願っていたのか、どんなことを祈っていたのか……考えるべきですわ。考える時間は、これからたっぷりとあるのですから」

 それから、ミーアはもう一度繰り返す。

「あなたは、幸せになってもよろしいのですわ。幸いにもまだ間に合いますもの。カルテリアさんも、ネストリ陛下も生きているのですから。やり直すことができるのですわ」

 一息に言ってから、ミーアはとどめ、とばかりに続ける。

「あなたのお父さまはそれを望んでおられるはずですし、それを望まないようなお父さまに義理を果たす必要はないのですわ」

 そうやって、ジーナが蛇として活動する理由を潰しつつ……。

 ――ここまで言っておけば、仮に過去に戻ったとしても、悪いことに時間を費やそうとは思わないはずですわ。息子との時間を大切にすることに時間を使うだけならば、別に過去に戻られても問題ありませんし……。

 無論、ジーナを処刑するようなことにはならないと思うが、それでも万が一のことを考えて、万全を喫しておくミーアである。

「私、は…………」

 言葉を失うジーナに、ミーアは今一度、確認するように言う。

「あなたは、幸せになっても良いのですわ。ジーナさん」

 あくまでも、あなたのために言ってるんですよぅ? という体裁を崩さないミーアである。

 なにしろ、無害化しつつ、ついでにジーナが幸福を見つけてくれれば理想的である。

 ミーアは、一方的な勝利を望まない。

 相手を圧倒的に打ちのめし、勝利を得ることは、気持ち良くはあっても、大いなる危険を孕むもの。なぜなら、打ちのめされた相手は、怒り、恨み、いずれ復讐を狙うようになるためだ。

 ゆえに、ミーアにとっての勝利とは、相手を無害化しつつ、満足いく幸福に落とし込むことだ。

 相手が、幸せを得てしまえば、復讐はないからだ。

 そう、ウィンウィンこそが、ミーアの理想なのだ。

 ――これでなんとか、ジーナさんのことが片付けばよろしいのですけど……。ああ、しかし、頭を使ったら、お腹が空いて来ましたわね。お昼のランチはまだかしら……?

 ちなみに、朝食からまだ一刻も経ってはいないのだが……。

 ミーアの脳みそは、非常に燃費が悪いのであった。


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