第百五話 ミーア・ルーナ・○○○○テイアムーン
「あなたは嘘をついています」
背後からの声にミーアはそっと振り返る。っと、祖母パティが胸を張り、ずばりと格好良く指摘を繰り広げていくのが見えた。
――ううむ、さすがはパティですわ。頼りになりますわ!
自分よりだいぶ年下のパティに、なんとも言えない頼もしさを感じるミーアである。さらに、自身の横に立つアベルもわずかに身構えたのがわかった。おそらく、追い詰められたジーナが凶行に出るのを警戒しているのだろう。
――ふむ、アベルも実に頼もしいですわ。ふふふ、もう、わたくしがなにか言わなくても大丈夫かもしれませんわね……。
などと思っていたのだが……そんなミーアの耳にふいに、
「……お父さまは言っておられた」
囁くような声が聞こえてきた。
――はて、お父さま……?
きょっとーんと小首を傾げたミーアであったが、次の瞬間、ピンっと来た!
――ははぁん、これは……アレですわね。要するにお父さまの復讐とか、そういうやつですわね?
自らの思い付きに、ミーアは、にんまり笑みを浮かべる。
――なるほど、考えてみれば彼女はヴァイサリアン族。ヴァイサリアン族は、確か、中央正教会と喧嘩して、大陸中央部を追われた者たちであったはず……。となると、中央正教会に恨みがあるわけですわね。先祖の恨み的なのに縛られてるうえに、個人としてお父さまの復讐に縛られていると、そんな感じではないかしら?
ミーア・ルーナ・メイタンテイアムーンは、流れるようにメイスイリを展開していく。
――とすると、以前、ガヌドス港湾国で出会ったヴァイサリアン族を説得した時のロジックが、そのまま使えるのではないかしら?
ここに来てミーアは、ついに思い至ってしまう。ロジックのリサイクルという発想に!
なにしろ、ジーナだってヴァイサリアン族の一員なのだ。であれば、ヴァイサリアン族の反乱を食い止めたのと同じ要領で対処可能なはず。
そうしてミーアは、ジーナが『復讐のために、いろいろと屁理屈をこねている』という推理に基づき……堂々たる態度で言った!
「お父さまは、あなたに何を願っておられるのかしら? お父さまが、最期にあなたのために祈られたことは、なんだったのかしら?」
うっかり、ジーナが無神論の急先鋒みたいなやつであるということを忘れて、一般的な言い回しをしてしまったが……まぁ、それはご愛嬌。
かつて、ヴァイサリアンの者たちの心に深々と刺さった理屈を再構成していく。
「私の……ために?」
ジーナがギョッと目を見開いたのを見て、ミーアは自らの言葉が彼女に届いたことを確信する。こっくりと頷きつつ、ミーアは続ける。
「ええ、そうですわ。はたして、あなたのお父さまは、あなたに、そのように生きることを望んでいたのかしら?」
お前が敬愛する父は、お前に復讐を望むような父であったのか? と問いかけるのだ。以前、ヴァイサリアンの者たちの復讐の手を止めた、完璧なロジックである。
「私に……私が、どのように生きるか……」
「ええ……」
頷き、駄目押しで続ける。復讐などと言う、くだらないことのために、自分の時間を使う必要はないのだ、と。初代皇帝なんざ、くそくらえだ! と吐き出すように!
「もしかしたら、お父さまは、あなたに幸せに生きてもらいたいと思っていたのではありませんの? そのような生き方をするのではなく……あなた自身の人生を幸せに……」
そのように復讐に生きることなんか、きっとお父さんは望んでないよ? あなたが知るお父さんって、そういう人だったじゃない? っと。
実際のところ、ミーアはジーナの父について良くは知らない。けれど、まぁ、大抵の記憶は美化されるもの。力強く「そうだったんじゃないの?」と聞かれたら「そうだったかも……」と思ってしまうのが人間というものなのだ。
「適当なことをおっしゃいますね……。父のことを知りもしないのに。死者を都合よく使おうということですか?」
「無論、わたくしは、よく存じ上げませんわ。だから、あなたのお父さまが、ジーナさんに立派な蛇の破壊者になってくれるよう望んでいたって可能性ももちろんあるでしょう。だから、あなたは今、ご自分の記憶と向き合うべきですわね。あなたが敬愛するお父さまは、どんな方だったか? あなたに何を望まれる方であったか……」
言って、ミーアはジーナを見つめる。
「ジーナさん、あなたのお父さまは、あなたが、ご自分の息子を暗殺者にするように望むような方であったのかしら? もし、そうであれば、わたくしはその方を軽蔑しますわ。けれど、そんな方だったのかしら? 本当に?」
ここで、ミーアは言葉を切る。それ以上は、ジーナが自分の記憶を探り、勝手に発見してくれればいいのだ。
そのうえで、ミーアは保険をかけに行く。
万に一つも、ジーナの父親が子に復讐を望むような者であったことを警戒して……。
「ジーナさん、あなたは、別に幸せになっても良いのですわ。あなたのお父さんがどういう方であろうと、あなたは幸せになることができる。もしも、真実、この世界に意味がなく、神がいないのだとすれば、それが真理であるのなら、あなたが……、ちっぽけな一人の人間が、証明するまでもなく明らかになるでしょう。なにしろ、それが、揺らぐことのないこの世の真理なのですから。あなたがご自分の人生を犠牲にして証明する必要など、どこにもないのですわ」