第百三話 事情聴取 ベ→シ
さて、ミーアたちがジーナの部屋を訪れていた頃のこと。
シュトリナ・エトワ・イエロームーンはベッドの上に半身を起こしていた。
穏やかな昼下がりだった。ポカポカとした日差しが気持ちの良い時間だった。
体調は悪くない。朝方までは少し痺れが残っていたが、今はもうすっかり普段通りに動くことができる。
お昼も食べたし、食欲も問題なし。
同じく静養を命じられていたディオン・アライアだが、朝には全快して、ここに様子を見に来た。
微妙に、その……なんというか顔を合わせづらかったので、対応は、世話してくれているリンシャに任せて、寝ているふりで済ませたが……。
そうして、昼頃、ベルが遊びに……じゃなく、お見舞いに来てくれた。
ベッドサイドの椅子にちょこんと座り、ニッコニコと昨夜のことを話してくれた。
「こんな大きな斧を持ったジーナさんに追いかけられて。それで、旧区画を逃げ回ったんです。それで、図書館の本棚のところから地下道へ通じる隠し通路を見つけて……」
などと、うっきうきで楽しげに昨夜の冒険を話してくれる親友ベル。
実際のところ、昨夜の危機は笑って済ませられる類のものとも思えなかったが……。
――まぁ、みんな無事でよかったのかな。
そう思いはするものの、改めて蛇の脅威を実感するシュトリナであった。
「それでなんですけど、できればリーナちゃんたちのほうの事情もお聞きしたいんですけど……」
不意に、ベルがそんなことを言った。
チラリ、とそちらに視線を向ければ……ベルは、隠すことのない好奇心で顔をつやっつやと輝かせていた! なんか、スチャッと取り出した紙束とペンを構えてる!
そうなのだ! 昨夜、馬上にて、ディオン・アライアとベルトで結びあわされているシュトリナを見たベルは、黄色い悲鳴を上げていたのだ。
さすがにぐったりと意識のないシュトリナたちに対する心配が勝ったようではあったが……それも無事であることがわかったからには、後に残るのは巨大な好奇心のみで……。
けれど、シュトリナはきちんと覚悟を決めていた。
昨夜のことを聞かれることを前提で、ちゃーんと何を話すのか考えていたのだ!
――ディオン・アライアも好き好んで自分が罠にはまったことなんか話そうとは思わないはず。ならば、誤魔化すことは可能!
気合を入れつつも、シュトリナは、昨日起きたことを朗々と語り出した。
「ふむふむ……なるほど。リーナちゃんとディオン将軍を誘い込むとは、なかなかにやり手ですね。今回の蛇は……」
ベルは、熱心にメモを取っていた。眉間に皺を寄せ、実に生真面目な顔である。
どうやらミーアから、事情を聞いてくるようにと言われているらしく、ベルは非常に熱心に、詳細に、話を聞こうとしていた。
「確かに、少し手ごわかったかも……ジーナさんの毒霧の攻撃を受けて……。あ、厳密に言うと毒じゃなくって、体を痺れさせるだけのものなんだけど……。だからこそ、逆に気付きにくかったのかも……。直接的にこちらを害するような毒だったら、ディオン・アライアが気付いたかもしれないし……」
「なるほど。それは確かにそうですね。ディオン将軍が、そうそう罠にかかるとは思えませんし……。でも、よく無事に切り抜けられましたね。体を痺れさせる毒なんて……どうやったんですか?」
チラリ、とベルの目が心なしか怪しげに輝くのが見えた。
シュトリナは、澄まし顔で、昨夜から考えていた言葉を返す。すなわち……。
「それはもちろん、帝国最強の騎士の力で……」
そう、なにしろ、シュトリナが一緒にいたのは帝国最強。鋼鉄を剣で切り裂く規格外の存在なのだ。あの程度の毒霧ぐらい、食らったところでどうと言うことも……。
「あれ? でも、リーナちゃん、毒に耐性があるから、毒や薬に関しては、ディオン将軍より自分のほうが強いって、得意げに言ってたような……」
「え? そんなこと言った?」
目をパチクリさせるシュトリナに、ベルはこともなげに言った。
「はい。未来のリーナちゃんが……」
シュトリナ、ぐむっと声を上げ……言葉に詰まる。
未来の自分、なに言ってやがんだ、この野郎! と思いつつも、小さく咳払いし。
「じっ、実はね、どんな毒の効力も一時的に抑制する、イエロームーン家秘伝の薬があるんだ。本当は秘密にしときたかったんだけど、切り札として、いつもリーナは持ってて、それを使って……」
「ああ、あのリーナちゃんが奥歯に仕込んでるってやつですね! 知ってますよ!」
したり顔で、親指を立てるベルに、シュトリナは、思わず目を見開いた!
「なっ、どうして、それを……!?」
「ふふふ、以前、リーナちゃんに教えてもらいました。イエロームーン家のとっておきだって、自慢げに言ってたんですよ。それのおかげで、毒を飲まされてもしばらくは動けるから、その間に解毒薬を……って、あれ? でも、ディオン将軍に飲ませたってどうやって……あれ?」
無邪気に首を傾げるベルに、シュトリナは、あわわっと口を震わせて、
「そ、それはその、えーっと……、よっ、予備が……」
「作るの、すごく大変なお薬だってお聞きしてますけど……」
きょとりん、っと、今度は反対に首を傾げつつ、上目遣いに見つめてくるベルである。
「え、あー、その……。そう、作るのがすごく大変だから、二つしか持ってなくって……。一つは歯に仕込んであって、もう一個は別のところに隠してあって……」
などと、しどろもどろになりながら説明すれば、ベルはニッコリ笑みを浮かべて、
「なぁんだ、そういうことだったんですね。てっきり、リーナちゃんのファーストキッスだという、お口で薬を飲ませるのをやったのかと思ってしまいました!」
その一言に、シュトリナは思わず跳びあがった!
「なっ……!? そっ、そんなこと、誰が……」
「リーナちゃんが。ふふふ、もう孫もいるのに、ちょっぴり照れながら教えてくれましたよ。でも、考えてみると、もう少し未来のお話かもしれませんけど……」
「えっ? も、もう一度、今回みたいなことがあるの?」
「え? もう一度……?」
「あ……」
「リーナちゃん……?」
こうして、ベルの、きびしーい事情聴取は続くのであった。