第百話 事情聴取 ミアオラパ→ジ
「ご機嫌よう、ジーナさん。お元気そうでなによりですわ」
狭い室内、ベッドに座るジーナを見て、ミーアは穏やかに語りかける。
ちなみに、ミーアのすぐ隣にはアベルが立ち、いつでも対応できるようにしている。どうやら、ジーナの動きに関しては、クラリッサと情報共有ができているらしく……。
「さすがは、クラリッサ姉さま……。大体の間合いも測れているとは……」
などと、先ほどアベルがつぶやいていたのが印象的であったが、それはさておき……。
「アベル王子殿下もご機嫌麗しゅう。ふふふ、姉上への無礼を咎めにいらっしゃったのでしょうか?」
ジーナは特に暴力的な行動をとるでもなく、ゆったりとベッドに腰かけたまま言った。
「それもあるが……」
アベルはミーアのほうにチラリと目を向けてから、
「大切な女性の命を狙った者に一言、言ってやりたいと思ってね」
ミーアに寄り添うその姿勢で察したのだろう。ジーナは華やかな笑みを浮かべた。
「あらあら、そう言ったご関係でしたか。若くて、青くて、うらやましいです。しかし、なるほど……レムノの王子とティアムーンの皇女が……これは、他の蛇にはぜひとも突いてもらいたいお話ですね。ここから脱走したら、その辺に噛みついてみるのも面白いかもしれません」
軽口を叩くジーナに、眉をひそめるのは、ラフィーナだった。
「残念だけど、あなたが自由の身になることはないわ。決してね」
静かでありながら怒れる獅子のごとき迫力のある声に思わず震え上がる…………ミーアである!
一方でジーナはまったく動じる様子もなく、むしろ微笑ましいものを見つけてしまったような様子で、くすくすと笑った。
「そうでもないと思いますよ? 帝国最強の騎士クラスの戦士に見張られているならいざ知らず。蛇の巫女姫も逃げようと思えばいつでも……などとは、さすがに言いませんけれど、綿密に計画を練れば逃げられないこともないのではないでしょうか?」
その言葉に、ラフィーナの頬がヒクッとひきつる。それを見て、ジーナはパンッと手を叩き、
「あ、もしかして、もうすでに脱走してしまったとか?」
煽る、煽る!
獅子の尾を引っ掴んでブンブンするようなその発言に、ミーアの背筋が凍り付く。
――ひぃいっ! あ、あまり、ラフィーナさまを挑発しないでいただきたいですわ!
内心で悲鳴を上げるミーアであったが、ジーナは特に気にする様子もなく視線を巡らせて、
「そちらの小さなお嬢さんは、帝国のお客人でしたね……。てっきり私の刺青を調べるために、ヴァイサリアンの子どもを連れてくるかと思いましたが……」
パティの顔をジッと見つめて……、
「ああ……そう。そう言えば、蛇の教育を受けたと思しき子どもがいると言っていましたね。イエロームーン家由来の蛇か、あるいは……帝国の古き蛇の血筋か……。では、ヴァイサリアンの識者の役は、そちらの姫殿下が務めを負われるのでしょうか?」
それから、ジーナはゆっくりとそちらに目を向ける。硬い表情で立ち尽くす少女、オウラニア・ペルラ・ガヌドスのほうへと。
「初めまして、と言うことでよろしいでしょうか……? オウラニア姫殿下」
からかうように笑うジーナに、オウラニアは、緊張を隠しきれない様子で……。
「そうですねー。たぶん、初めましてなんじゃないかと思いますけどー」
固い声で答える。手のひらをギュッと握りしめるオウラニアを見て、ジーナは意外そうな顔をした。
「堂々としてますね。あの人の娘とは、とても思えませんよ。ネストリさまは、お元気ですか?」
あっけらかんとした口調で言うジーナに、オウラニアは険のある声で、
「あらー? 気になりますかー? ご自分が捨てた人のことが」
「ええ、もちろん。かつて恋仲であった殿方のこと、気にならないはずがないではありませんか? 」
ジーナは、まるで恋する乙女のように、仄かに頬を赤らめてから……。
「あの人が無事かどうかというのは、我が息子がどうなったのか、ということにも直結するお話ですから。息子がどのようなことを成したのか、母としてはとても気になりますよ」
一転、ニヤリと口元に攻撃的な笑みを浮かべる。
――やはり、蛇。これはなかなかに手ごわそうですわ……。
警戒心を高めたミーアに、再びジーナの視線が戻ってきた。
「ところで、なんの御用でいらっしゃったのでしょうか? 私としては、今のところは特にお話しできることもないのですけど……。話せることはすべてお話ししてしまいましたし」
言葉の通り、ジーナは特に隠し立てすることもなく、拠点のことを口にしていた。すでに、騎士神官ダニエルの指揮のもと、兵士が派遣されている。
無論、その言っていることがすべて本当とは限らない。隠しごとがないとも思えないし、罠だってあるのだろうけど……。
「お話しした以上のことは、知らないか隠していること。ですが、秘めごとを暴くために尋問をするには、人員の選抜が不可解ですね。イエロームーン公爵令嬢でも連れてきたほうがよいでしょう」
「尋問などと……、そんな物騒な話ではございませんのよ」
ミーアは小さく首を振り、
「ただ、あなたとお話をしに来ただけなんですの」
それを聞いたジーナは、きょとん、と瞳を瞬かせる。
「というか、先ほどの様子ですと、あなたのほうこそ、なにか、わたくしたちとお話ししたいことがあったのではないかしら?」
首を傾げるミーアに、ジーナはニコリと笑みを浮かべた。
「ええ、そうなのですけど……。私からお話ししてしまってもよろしいのでしょうか?」
「構いませんわ。あなたのお話をお聞きしたいですわ」
澄まし顔で言うミーアであった。