第九十八話 ミーア姫、うっかり処刑しかけちゃう
「ジーナさんには、いずれ、ガヌドス港湾国に戻っていただき、ご自分でしたことの始末をしていただくのが良いと思っておりますわ」
ミーアの言葉を聞き、クラリッサは驚きに目を見張る。
処刑はやめてほしい、という気持ちはまだわかる。自分が理由で、誰かの命が奪われるのは、気持ちのよいことではない。それなら、クラリッサだって理解はできるのだ。でも……。
――あの人に、自分がしたことの償いをさせる……。そのために、いずれは母国に帰す……。
驚きのままに周囲を見回せば、オルレアンを除くみなは、落ち着いたままだった。
アベルも、当然そうするだろうという顔で、穏やかに聞いている。
――そうか。これが帝国の叡智のやり方なのですね……。
っと、そこで、ミーアは少しだけ慌てた様子で付け加える。
「無論、言うまでもないことながら、これは、ガヌドスで奮闘するオウラニアさんへのエールでもありますわ。ジーナさんを送り込むことで、ガヌドス国王が少しでもやる気を起こしてくれれば、と思ってのことで……」
その様子を、一瞬、怪訝に思うも、すぐにクラリッサは悟る。
――あの慌てよう……もしかしてジーナさんに温情をかけて、慈悲深いと思われるのが、照れくさかったんでしょうか?
自分が過度に持ち上げられるのを嫌う、帝国の叡智ミーアの素朴な性格に、クラリッサは好感を抱いた。
――もしもこの方がアベルと結ばれて、義理の妹になってくださるのなら、私に力を貸してくださるでしょうか……。レムノ王国をより良い国にしていくために。
そう考えた時だった。
「でも、ミーアさん、もしもガヌドスに送るにしても、すぐにというわけにはいかないでしょう? 今のままの彼女を送っては、ガヌドスも混乱に陥る。かえって、オウラニアさんの足を引っ張りかねないし……」
というラフィーナの言葉を受けて、ミーアは神妙な顔で頷いて、なにやら口をムグムグさせた後、ゴクリと喉を一つ鳴らして……。
「そう……ですふぁね……」
つぶやくように言って、それから紅茶に口をつける。ごくり、ごくり。
「そうする必要がございますわね。蛇のことも聞き出さなければいけませんし……」
しかつめらしい顔で、頷くミーアであった。
さて、楽しい朝食会を終えたミーアは、面倒くさいことになってきたぞぅ、っと頭を抱える。
「ううぬ……あのジーナさんを改心させる……。話は聞かなければと思っておりましたけど……、改心させるのは難問ですわ」
問題の大きさに、心なしかお腹がもたれてるような感じがして、思わずさすってしまう。
……別に、朝食を食べ過ぎても、実際にもたれてるわけではないので、念のため。
「ミーアさま、大丈夫ですか?」
ふと顔を上げると、アンヌが心配そうな顔をしている。
「ああ、ありがとう。大丈夫ですわ、アンヌ。少し食べ……物でなにか、使えるものがないかな、と思っておりましたの」
うっかり、朝食食べ過ぎてさー、などと言いかけて、慌てて誤魔化す。
――今日は筋肉痛……。食べ過ぎを指摘されて、運動する羽目になるのは避けたいところですわ。今日食べすぎた分は、明日、取り返せばよいだけですし……うん。
などと思いつつ、ミーアはアンヌに目を向ける。
「食べ物で、ですか……?」
怪訝そうに眉根を寄せるアンヌに、ミーアは深々と頷いた。
「ええ、食べ物ですわ。人の心を開くために、食べ物というのはとても有効なものだと思いますの。美味しいものというのは、誰が食べても美味しいものですし……」
言いつつ、これはなかなかに良いアイデアなのではないか、と気付くミーアである。
――ジーナさんの心を開くために……なにか……。絶品のキノコ料理などを食べさせれば、心を開いてくれる可能性も……。ドルファニアの周りにちょうど良いキノコが生えていないかしら……?
などと、うっかりジーナを処刑しちゃいそうなことを思いつつも、ミーアは言った。
「とりあえず、話をしてみないことには、ですわね。同行していただくのは、アベルにラフィーナさま、オウラニアさん、それに、パティがよろしいかしら?」
シュトリナとディオンは昨日の今日である。少なくとも、今日一日は静養してもらうのがいいだろう。あちらには、シュトリナの親友ベルについてもらっているので、問題はないだろう。
「アンヌ、わたくしは、しばし部屋で休みますので、パティたちに声をかけてきていただけるかしら?」
「かしこまりました。すぐに行ってきます」
ビシッと背筋を正すアンヌ。そんな彼女を見て、ふとミーアは昨夜のことを思い出す。
――そういえば、昨日はアンヌも命の危機にあったのでしたわね。
「どうかなさいましたか? ミーアさま」
きょとんと首を傾げるアンヌに、ミーアは思わず言っていた。
「いえ……昨夜は、その、ずいぶんと怖い目に遭わせてしまいましたわね……。何事もなかったから、良かったとはいえ……」
ミーアが続けようとしたところで、アンヌは首を振る。
「いいえ、ミーアさま……。以前も言いましたが、私が一番怖いのは、ミーアさまが危険な目に遭われている時、おそばにいられないことです。昨日も、最後は一緒にいられませんでしたけど……でも、部屋でじっと待っているよりは、ああしてミーアさまとご一緒できたことが嬉しかったんです」
少しだけ表情を引き締めて、アンヌは言った。
「ミーアさま……どうぞ、ミーアさまが必要だと思うことをなさってください。私たちは、ミーアさまを全身全霊をかけてお支えいたしますから」
大真面目な顔でそう言ってから、ちょっぴり照れくさそうな笑みを浮かべて、それから、アンヌは踵を返して、パタパタ走っていくのだった。