第百三十二話 ミーア姫、大人の余裕を見せつける!
次回、31日も投稿する予定です。キリが悪いので三話ぐらい……
お時間がございましたら、どうぞ。
「先にシオン王子に報告したいのですが、それでよろしいですか?」
そう言ってキースウッドとシオンが離れていくのを見送ってから、ミーアはアベルの方に歩み寄った。
とりあえず、すぐに事態が動くようなことはないだろうと判断したのだ。
「アベル王子、お怪我は大丈夫ですの?」
「ああ、君の家臣に救われたよ。あのまま続けていたら、やられていた。まだまだ鍛錬が足りないな」
その言葉で、ミーアは気づいた。
――なんだか、アベル王子……、また少したくましくなりましたわね。
夏休み前より、わずかばかり鋭さを増した凛々しい気配……。少し筋肉を増した体を見つめて、ミーアは、ほわぁっとため息を吐いた。
「ん? ミーア姫、どうかしたのかい?」
ミーアの視線に気づいたのか、アベルは小さく首を傾げた。ミーアは慌てて目をそらす。
「なっ、なんでもございませんわ」
「だが、顔が赤いようだが……。ここまで来るのに無理をしたのではないか?」
「あら、無理ならば、むしろあなたの方が……あっ」
と、そこでミーアは思い出した。
「ふん、知りませんわ!」
「なっ、ど、どうしたのかね? ミーア姫、ボクが何か……」
慌てた様子のアベルに、ミーアは言ってやる!
「先ほど、わたくしのことを無視して、危ないことされてましたわね。アベル王子! わたくしがどんな気持ちでいたかなんて、きっとあなたにはわからないですわ」
そうして、ぷいっと顔を背ける。思い出したら、腹が立ってきたのだ。
「まったく、シオンもシオンですわ。本気でアベル王子に斬りかかるなんて、信じられませんわっ!」
プリプリ怒るミーアを見て、アベルは苦笑いを浮かべた。それから、ちょっぴり寂しそうに、
「しかし……、シオン王子は、呼び捨てなのだな」
小さな声でつぶやいた。
一瞬、ミーアはなんのことかわからなかったのだが……。
――あら? もしかしてアベル王子、やきもちを焼いているんですの? わたくしとシオンが互いの名前を呼び捨てにしてるから……。
すぐにピンときた! ミーアの勘はしょーもない時ほど冴えわたるのだ。
そうして……、ちょっぴり微笑ましくなった。
――もう、別に、呼び捨てにするぐらい、大したことでもございませんのに。
シオンを呼び捨てにする時には、たいそう照れていたミーアだったが……。当然、そんなことは記憶の彼方に放り投げている。
「これは、身分を隠すためで、深い意味はございませんわ。今回はお忍びできているんですのよ?」
「ああ……、なるほど、そういうことだったのか……。よかった」
心底から安堵の笑みを浮かべるアベルに、ミーアはますます気をよくした。
当然、先ほどまで怒っていたことも、記憶の彼方に放り投げている。
ミーアの記憶の彼方は、ミーアの肩で投げても届く程度の近さにあるのだ。
――もう、仕方ありませんわね。特別に、アベル王子も、呼び捨てにして差し上げますわ。まぁ、そもそも、アベル王子はまだ子どもですし、わたくしが呼び捨てにすることなど、むしろ普通のことですけれど……。
ミーアは、大人の余裕いっぱいに、アベルに声をかける。
そう、余裕あふれる、ごくごく冷静な声を……、
「あの……、えーっと、その……あ、あ、ああ、アベル……」
小声で『王子』、とついつい付け足してしまうミーア。
全然、冷静じゃなかった!
それでも、幸いなことに付け足した方は聞こえていなかったらしく、アベルはびっくりしたような顔で、ミーアの方を見た。
「別に、その、かまいませんわ。わたくしのことを、その……ミーア、と呼び捨てになされても。そっ、そのかわり、わたくしも、その……、あ、ああ、アベル、と……そう、お呼びいたしますわ」
口をアワアワさせつつ、いっぱいいっぱいになりながらも、ミーアは言った。
すると……、アベルの顔に輝くような笑みが浮かんだ。
「本当かい!? それは、とても光栄だ」
子どものように純粋で、裏表のない、心からのまぶしい笑顔。
つい先ほどまで、またちょっと男らしくなったかしら……などと思っていた相手の、そんな無垢な笑みを見て、あまりのギャップにミーアはキュンとした。
一瞬で、心臓が高鳴る!
頬がものすごーく熱くなり、ふにゃあっと目の前が歪むような……、なんともふわふわした気持ちになってしまったのだ。
大人の余裕とか……全然なかった!
「あー、えーっと、それでは、さっそく……、その、み、ミーア……」
「はっ、はいっ!」
名前を呼ばれた瞬間、ミーアは背筋をピンと伸ばした。
それから、はぁふぅ、と息を荒げながら、
「あ、ああ、アベル……」
なんとか、アベルの名前を呼ぶ。
それから急に恥ずかしくなってしまって、真っ赤になってうつむいた。
などという……甘酸っぱい恋愛空間から少し離れた場所で……、シオンとキースウッドが深刻な顔で話し込んでいた。
やがて、話が終わったのか、戻ってきたシオンはほんの少し青い顔をしていた。
「アベル王子、ミーア、話がある」
その声は、思いのほか硬かった。
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スピードを取り戻せるように頑張りますね