第九十五話 朝食会のお誘い
「う……ううぬ……これは……」
朝……ミーアはベッドの上で唸っていた。
体が、動かなかった!
そう、それは金縛り――などではなく、まごうことなき筋肉痛である!
ちょっぴーり動かそうとするだけで、微妙に鈍い痛みが走るのだ!
昨夜の鬼ごっこは、ミーア的にはオーバーワークだったのだ。
「くぅ……これは……もう、今日は起きなくてもいいのではないかしら? 今日の分は昨夜、運動して消費してしまったのでは……」
などと、ちょっぴり怠惰な気分に浸りつつ、ぬくぬーくと毛布にくるまっていたミーアであったが……ほどなくして、こう、少しばかりお腹が切なくなってきた。
昨夜はあの後、小腹が空いたので、クッキーなどをサクリ、モグリとした後、就寝したのだが……。
「ふぅむ……きちんと食べたつもりでしたけど……。特に動かずに、眠っているだけでもお腹は空くものなのですわね……。何もせずとも、食べた物はお腹から消えていく……実に不思議な話ですわね……」
などと、哲学的なような……そうでもないようなことをつぶやきつつ、仕方がないか、と起き上がる。
ちょうどそこへ……。
「あっ、ミーアさま、お目覚めになられたのですね」
アンヌが部屋に戻ってきた。
「ああ、アンヌ。おはよう。ちょうど良かったですわ。着替えを手伝っていただけるかしら?」
などと言いつつ、さぁて、今日の朝食はなにかしら? などとウキウキしていると……。
「お着換えの途中で失礼いたします。先ほど、ラフィーナさまから、朝食のお誘いを受けたのですが、いかがなさいますか?」
「まぁ、ラフィーナさまが……。たぶん昨夜のことですわね……。ふぅむ」
正直、食べながらする話題ではないような気もするが……。
――朝食後の眠たい時間にするよりは良いかしら……。眠いと変なことを口走ってしまいそうですし。その点、食べながらであれば……。
ミーア、即座に判断。それから、小さく頷いて、
「わかりましたわ、アンヌ。でしたら、朝食会に相応しいドレスを……。もちろん、簡易なものでかまいませんけれど、用意していただけるかしら?」
「かしこまりました、ミーアさま」
そうして簡易なドレスに着替えると、ミーアは颯爽と部屋を後にした。
目覚めの食欲の前では、筋肉痛の痛みなど些細なものなのだ。
「失礼いたします、ラフィーナさま」
指定されたのは、図書館食堂の奥の部屋だった。
どうやら、要人が会談に使う場所らしく、中はそれなりの広さがあった。十人程度ならば、窮屈さを感じない程度だろうか。
部屋の中央に置かれた長テーブル席には、すでに人が座っていた。
てっきりラフィーナだけかと思っていたが、クラリッサとアベル、さらには、ユバータ司教に加え……。
「みなさま、ご機嫌よう。オルレアンさまもいらっしゃいましたのね」
ラフィーナの父、ヴェールガ公オルレアンの姿もあった。
いつも温厚な表情を浮かべている彼であったが、今日は心なしか、表情が暗いようにも感じる。
――それはさておき、今日の朝食は……ふむっ!
ミーアはテーブルの上に目を移し、ほぅっ! っと息を吐いた。
――なかなかにベーシック。それゆえに、期待ができますわ。
王道が王道たるは、それに相応しき理由あり。
ミーアはありふれた朝食を馬鹿にする愚を犯すことはない。
焼き立てのふかふかのパン、濃厚なバター、あまぁいジャム、卵焼きに燻製肉のスライス。新鮮な野菜のスープとサラダ。
そこには、すべてが……そう、ミーアが欲するすべてが揃っていた。パーフェクトであった。
――ああ、まさに理想的。ふふふ、これは楽しめそうですわ!
深刻そうな空気など一切気にせず、ミーアは言った。
「ラフィーナさま、もう、呼んでおられる方は揃っているのかしら? でしたら、お食事にいたしませんこと?」
「いえ、ミーアさん……。その前に……」
「わたくし、今、とーってもお腹が減っておりますの。お腹が空いていては、議論はできぬと申しますわ。空腹ではイライラして、冷静な話もできぬもの。まず、お腹を落ち着けてしまいましょう」
ミーアの言葉を聞いたラフィーナは、すぐに苦笑いをし……。
「そうね……。それならば、そうしましょうか。クラリッサ姫殿下、アベル王子もそれでいいかしら?」
レムノの王族にも確認した後、朝食会は始まった。
食前の祈祷の後、ミーアはパンに突撃した!
パリリッとパンを割くと、それにシュシュっとバターを塗りたくり、まず一口。
もっ、もっ! と噛みしめれば、口の中にジュジュワッとバターの濃厚な香りが広がる。
――おおっ! 美味しい。素晴らしいお味ですわ。ふふふ、昨夜、消費した分はたっぷり食べなければいけませんわ!
寝る前に食べたあれやこれやは、ミーアの中ではノーカウントになっているのだ。
そうして、パンをパクパク、野菜スープをほくほく、心から朝食を楽しんでいたところで……。
「ミーア姫殿下、改めて、この度のことは、申し訳ありませんでした。ジーナ室長の凶行、その責任はすべて私にあります」
ちょうど、ミーアがパンを頬張っているところで、ユバータ司教が頭を下げた。
「この度のことの責任を取るために、私は職を辞そうと考えています」
続く言葉に、ミーア、現実に引き戻される。
「ふぁぇ……?」
口の中のパンに邪魔されて、帝国の叡智らしからぬ声を上げてしまうミーアであった。