表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1347/1474

第九十三話 ああっ!!

 シュトリナが意識を取り戻したのは、馬上でのことだった。

 ゆさ、ゆさ、と体が揺れるのを感じて、シュトリナはなんとか目を動かす。

 暗い。これは、あの痺れの霧のせいなのか、それとも町灯り一つない場所にいるからなのか。

 上下の揺れ、肌からじんわりと感じる、高い動物の体温。ぶーふっという力強い息遣い。

 ――なるほど、馬を奪って、それであの場を離れたってことかな……。体が痺れてるのに、無茶するな……。

 シュトリナの身体は未だ痺れていた。バランスを取ることすら難しく、ゆらゆらと体が不安定に揺れている。なので、できることはなかった。

 ――それにしても、やっぱりあれ、毒じゃなかったってことかな。てっきり、意識を失ったら、このまま目が覚めないこともあるかもって思ったけど、やっぱり、こちらを痺れさせて、動きを止めるだけのものなのか……。

 ぼんやりと、そんなことを思う。

 ――それにしても、ここ、どこだろう……? 音の反響からすると、地下を走っているような感じがするけど……。それに、水の音、水路、かな……。

 ガクッと体が揺れる。同時に、腰の当たりに引っ張られる感覚。

 落ちずに済んでいるのは、どうやら、ベルトかなにかで、体を固定されているからで……。

 なんとか意識を集中して目を動かせば、かろうじて、その体が見える。

 大きな、戦士の体。苦しげに歯を食いしばりつつ、必死の形相で馬にしがみつく、ディオンの姿が見えた。

 ――すごい精神力……。自分だけなら、もう少し楽に馬に乗れたはずなのに……。

 ミーアを守るという大目標のためならば、むしろ、シュトリナを置き去りにしたほうが良かったはずなのに……。

 いつも飄々とした態度のディオンが、懸命に自分を落とさぬように、なんとか助けようと務めてくれている姿が……不覚にも、少しだけ……。こう……グッと!

 ――いやいやいや、そんなぐらいでコロッといくほど、リーナは、チョロくない……。

 心の中で冷静に……若干、食い気味にツッコミを入れるシュトリナである。

 どうも、することがないと、余計なことを考えてしまっていけない。

 反省しつつ、シュトリナは思考を切り替える。

 ――それにしても、ディオン・アライアは、どうやら、馬を操るのは諦めて、行きたいままに任せてるみたい……。

 痺れる体では、馬にしがみつくのだけでも一苦労。それゆえ、ディオンは、その行く先を馬に委ねた。とりあえず、あの場所を離れることを優先した結果なのだが……。

 その、馬任せ、波任せな乗り方は、ダレかさんに似ていた。

 そうなのだ。奇しくも、帝国最強の騎士ディオン・アライアは、絶対的な危機に際して、帝国屈指の乗馬の達人、ミーア・ルーナ・ティアムーンの極意「海月乗り」を会得するに至ったのである!

 ついに、その究極の無我の境地を、会得した……会得しちゃったディオンなのである。

 さすがは帝国最強と言えるだろう。いや、そうだろうか?

 まぁ、それはさておき、そうして、地下水路を進んでいくと、一瞬、灯りが見えた気がした。

 錯覚か? と思ったシュトリナであったが、その灯りは、見る間に大きくなってきた。

 それでわかった。

 自分たちが走っているのは、水路脇の狭い道だった。右側には水路が見え、灯りは、ちょうどその水路を渡った反対側にあった。

 そして、灯りは、落ち着きなく動いていた。

「ミーア……姫殿下」

 突如、かすれた声。振り絞るような声と同時、ディオンの身体が大きく動いた。

 それは、シュトリナとしては驚きを禁じ得ない動きだった。

 おもむろに腰に手をやった彼は剣を引き抜くや、なんの躊躇いもなく、それをぶん投げたのだ!

 彼に投与した薬は、一時的にあらゆる毒の効果を消すというものだ。あくまでもその場しのぎ。効果が持続するものではない。

 だから、彼の身体は今、シュトリナと同じように麻痺しているはずで……。

 にもかかわらず、ディオンは投げた。

 投てきされた彼の剣は、真っ直ぐに対岸へ。刹那、硬い金属質な音。

 どうやら、なにかにぶつかり、そして、恐らくは破壊したらしい。

 ――この状態で、まだ動けるなんて、さすがは、帝国最強の騎士ということなのかな。

 かつて、この男と対立しようとしていたことを思い出し、シュトリナは内心で苦笑する。

 と同時に、ベルの言葉を思い出す。

 ――本当に、リーナは、この人と……?

 先ほど、唇に触れた感触を思い出し……ちょっぴーり頬が熱くなるのを感じて……。

 ――あの痺れ薬のせいで、熱が出てるのかな? うん、たぶんそうだきっとそうだ。

 あくまでも、あれは投薬だから。それ以外のナニカじゃないから、うん……などと、ひたすらに胸の内でつぶやいてしまう乙女シュトリナである。

 ――まぁ、いずれにしても、こんな姿、ベルちゃんには見せられないな……。

 なぁんて……心の中で、なにか、巨大な旗のようなものを立ててしまったシュトリナであったが……。当然、そんなことをすれば、次に現れるのは……。

「リーナちゃん、大丈夫ですか? リーナちゃんっ! …………ああっ!!」

 なにやら……こう、無慈悲な声が聞こえてきた気がして……。それもなにか、すごぅく興奮した声のような気がしてしまって……。

 シュトリナは、声の出ない喉の奥で、かすれた悲鳴を上げるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
荒嵐は後でミーアやディオンから助けた事の褒美は貰えたのだろうか? ディオンはともかくミーアが荒嵐にご褒美をあげなかったらクシャミだけで無くきっとミーアが乗る時に振り落とす様な事や意地悪をしそうな気がし…
……どこにでも行けたのにわざわざミーア姫の元に行くとは、荒嵐もなかなかに忠臣だねぇ
ミーアベル……それはイエロームーン家の薬や毒による口封じが全然通用しない存在である。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ