第九十二話 ベルも来た!
「くっ、クラリッサ、姫殿下……?」
ミーアは、っぽっかーん、っと口を開け、少々、アレな表情を晒していた。
目の前の光景があまりにも衝撃的だったからだ。
「おっ、お強いのですのね……。まったく存じ上げませんでしたわ」
そう言うと、クラリッサは慌てた様子で……。
「あ、えと……もちろん、たまたま上手くいっただけで……。ジーナ室長が、慣れない剣を持ってたから……。それに、何回か斧を振るのも見ていたので、タイミングも上手くはかれて……」
なぜか、アワアワと言い訳する。
実際のところ、その言葉は正しいものだった。
もしも、ジーナが自前の斧を持ったままであったなら、これほど上手くはいかなかっただろう。
あのタイミング……ディオン・アライアの出現、並びに自らの武器を破壊されるという難局。それを乗り越え、自らの目的を達成できると思った、そんなジーナの心の空隙を突いたからこそ成功した。
それも、クラリッサのことは完全に警戒の外、まったく意識していなかったからこそ、成功したのだ、と……。
それは、そう、まさに奇跡とも呼べる出来事なのだ、と。
そう主張しているクラリッサである。
「なっ、なるほ、ど……?」
その説明を聞きミーアは一瞬、納得しかけるも……。
――いやいやいや、だからといって、あんなこと、普通出来ませんわ! 思わず納得してしまいそうになりましたけど!
騙されませんわよぅっ! と、ミーアは首を振る。
なんか、全然、大したことしてません、っと言った感じのクラリッサだったが、んなわきゃああるまい! と見事に看破するミーアである。
「あっ、そっ、それより、あちらの剣を投げてくださった方たちのほうは、大丈夫でしょうか?」
言われて、はたと気付く。
「ああ、そうでしたわね。ディオンさんたちを放ってもおけませんし、あちらに行って……」
と思いかけるも……。
「しかし、ジーナさんをこのまま放っておくわけにはいきませんわね。なにか、手足を拘束する縄でもあれば……」
「私が、剣を突きつけておけば、逃げないと思いますけど……」
などと言いつつ、何げない様子で剣をひゅん、っと振るクラリッサ。
……実に、こう、手慣れているというか……剣を持ち慣れているように見えて……。
――もしや、レムノ王国のご令嬢は、みんな、こんな感じなのかしら……。となると、アベルのお母さまも、もしや……。
一瞬、義母と喧嘩になったらどうしよう、と思いかけるも、まぁ、その時は、優しい旦那さま(アベル)に守ってもらえばいいかしら、などと考えるミーアである。深夜に慣れない運動をしたせいで、ミーアのピンク色の脳細胞は絶好調なのだ。
まぁ、それはさておき……。
「しかし、そうだとしても、わたくしだけであのお二人を運ぶことは不可能ですわ。どうしたものかしら……。荒嵐に乗せたまま、引っ張っていくのでも良いですけど……」
いくらクラリッサが強いからと言って、ジーナと二人きりにさせてしまうのは、やっぱり不安が残る。クラリッサの心に、まだわだかまりがあるとするならば、ジーナに突かれてしまうかもしれない。
そんなことを考えている時だった。
「ミーアおば……お姉さま、どこですかー?」
ミーアたちが走ってきたほうから、声が聞こえてきた。
「ああ。ベル! アンヌも、こっち、こっちですわ!」
そう叫び返すと、ほどなくして、ベルとアンヌがやってきた。
「ああ、ミーアさま! 良かった! ご無事ですか!?」
慌てて走ってくるアンヌに、ミーアはニッコリ笑みを浮かべて。
「ええ。問題ありませんわ。走り回って少し疲れたので、美味しいお茶とケーキが恋しいところですけど……」
冗談めかして言ってから、ベルのほうに目を向ける。
「それにしても、よくここがわかりましたわね。どうやってわかりましたの?」
対してベルは、きょとん、と小首を傾げてから……。
「そう、ですね……。強いて言うならば、勘でしょうか……?」
「勘……?」
「はい。自分を信じて疑わないのが大切です!」
どどやぁ! っと胸を張るベルである。
――この子……なんかこう、自分を信じて、毒のあるものとか口にしないか心配ですわ。しっかりと、野草やキノコの知識を身につけさせませんと……。キノコのことはわたくしが教えればいいとして、野草類は何か良い本を読ませるべきかしら……?
などと考える生存術のスペシャリストにして、キノコマイスターなミーアなのであった。
……まぁ、それはさておき。
「さておき、助かりましたわ。ベル、そこの橋を渡って水路の反対側に渡ってくださいな。荒嵐に乗って、ディオンさんとリーナさんがいるはずですわ」
「え? リーナちゃんが来てるんですか? それに、ディオン将軍まで?」
「ええ。どうやら、敵の攻撃を受けたみたいで、体が痺れて動かないみたいなんですの。荒嵐を引いて、図書館まで上がってくださるかしら?」
「わっ、わかりました!」
しゅたっと姿勢を正すと、ベルは少し戻って、橋を渡った。
「リーナちゃん、大丈夫ですか? あっ!」
などと、かしましくしている間に、地図を持ったハンネスを筆頭にラフィーナたちもやってきた。
「やれやれ……。なんとか生き残りましたわね……」
汗をかいてしまったから、早くお風呂に入りたいですわ、などと思いつつ……。安堵のため息をこぼすミーアであった。