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第九十話 高らかに、朗らかに

 一瞬の隙を突き、転がり出るようにして通路へ。そのまま、水路脇の道を走り出す。っと、少ししたところで、クラリッサが立ち止まった。

 なぜか、ジーナのほうに振り返ろうとしていて……。

「なっ、なにをしておりますの! クラリッサお義姉さまっ! 早く逃げますわよ!」

「いえ、ここで私が足止めしますから。ミーア姫殿下は先に行ってください。この灯りをどうぞ」

 思わず、灯りを受け取ってしまうが、ミーアはもう片方の手でクラリッサの腕を掴んだ。

「なにを言っておりますのっ! クラリッサお義姉さまに足止めをしていただくなど、アベルと顔向けできなくなってしまいますわ!」

 その言葉にクラリッサは一瞬、迷った様子だったが、すぐにミーアの後ろから走り出した。

「あっ、あれは、橋ですわ!」

 ふと見ると、水路に橋が架かっていた。何とはなしに、そちらに向かおうとしたところで、

「あら、駄目ですよ、姫君方。そちらに行っては……」

 歌うような声。直後、ぶんっと、風を切る音が聞こえて……。

「はぇ……?」

 ザガッと乾いた音を立て、眼前の床に巨大な斧が突き立った!

「ひっ、ひぃいいっ!」

 二歩、三歩と後ずさったミーアは、橋を渡ることなく、通路を走り出そうとして……。

「あっ、ミーアさま、駄目っ!」

「えっ!?」

 慌てたようなクラリッサの声が後ろから聞こえたが、さすがに、敵が追いかけてきている以上、足を止める勇気など、当然、ミーアにはなく……。

 その先には、わずかに上り坂になっていた。震える足を叱咤しつつ、上り、上り、上る!

 ――あら? これ、もしかしたら、地上に出られるのではっ!?

 そんな希望を胸に、ふらつく足を叱咤しつつ、懸命に走る。息を切らしつつ、上る。上る!

 けれど……ほどなくして、ミーアは足を止めた。

「そんな……いっ、行き止まり……?」

 彼女たちの目の前には、石造りの壁が現れた。

 愕然とした様子でつぶやくミーアは、左右に視線を転じる。左側は壁。右側は幅の広い水路になっていた。飛び込んで反対側まで泳げば逃げられる可能性もなくはない……かもしれないが。

「やめておいたほうがいいと思いますよ」

 歌うような軽やかな言葉。と同時に、ビシャッと水が飛んでくる。頬にかかった水は、氷のように冷たかった。

「さすがに、泳いでいくには冷たすぎると思いますよ。ヴァイサリアンの私でも、たぶん、泳げないでしょう。まぁ、溺死するか、この斧で両断されるかという違いに過ぎないのですけど……」

 ぶおんっと斧を肩に担ぎながらジーナはニッコリ笑みを浮かべる。

「鬼ごっこの結末が、逃げ損なっての溺死だなんて、盛り上がりに欠けますし」

「さ、先ほどの斧、つまり、誘い込まれてしまった、ということですわね……」

 ぐぬぬ、っと歯ぎしりしつつ、ミーアは懸命に考える。

 ここからの逃げ筋を……。

 ――ジーナさんの言葉通り、この冷たい水の中を泳いで逃げるのは不可能。水路を挟んだ反対側の通路までは、およそ十mムーンテール……。なっ、夏ならば泳げないこともないのでしょうけど……それでも、クラリッサお義姉さまが泳げるかは未知数。その選択肢はございませんわ。かといって、他に逃げ場はございませんし……。

 ベルがいれば、どこかの床を踏んで、目の前の石壁に隠し通路を見つけるかもしれないが、残念ながら、冒険姫の姿は、ここにはなく……。

 それでもなんとか時間稼ぎに、と、ミーアは対話を試みる。

「じっ、ジーナさん……あなたは、カルテリアさんの関係者なんですの?」

「はい。そうですよ」

 ジーナは、わずかばかり意外そうな顔をしたが、すぐに、ああ、っと納得の表情を浮かべて。

「とっくにお気づきかと思っておりましたけれど、そうですね。こういった場合には、細かい事項の確認は都合がいいですよね。お付き合いしましょうか」

 なにやら、上機嫌に鼻歌でも歌わんばかりに、ジーナは言う。

「私は、あの子の母親です」

 その言葉に、ミーアは一瞬、ぽっかーんと口を開ける。

「はぇ……? え? か、カルテリアさんの、お母さま……? あれ、でも、確か亡くなられたと……」

 カパカパと、ちょっぴりおバカっぽい感じで口を開け閉めするミーアに、ジーナは涼やかな目を向ける。

「まさか、そんな情報、素直に信じていたわけでもないのでしょうに……。どうも、こうしていると、帝国の叡智と話している気がしませんね。演技なのでしょうけど、大したものです」

 感心した様子で頷くジーナであったが、ミーアとしてはそれどころではなかった。

 ――つまりは、ガヌドス国王ネストリ陛下の関係のことは、すべてこの方の企みの一環だったということかしら……? 自らの死を偽装して、ガヌドス国王を絶望に落としつつ、自らの息子を……。

 ハッと顔を上げて、ミーアは言った。

「カルテリアさんは、あなたが生きているということをご存知ですの?」

「あら、これは異なことを。それでは、あの子が立派な蛇になれないでしょう。そんな不完全なことを、私はいたしません」

 まるで当たり前のことを言うかのような、恐ろしく軽い口調でジーナは言った。そのあまりにも平然とした態度に、ミーアは唖然としてしまう。

 息子を、自らの死を偽装することで、蛇の暗殺者に堕とす……。そんなことをしておきながら、一切、心を揺らすことのない人間……。そんな者がいるのだろうか……? と。

「さて、お聞きになりたいことは、もう聞けましたか? 時間稼ぎは、もう十分ではないですか?」

 ――ひっ、ひぃいいっ! ばっ、バレてますわ!

「ここは迷路のような場所ですから、ここまで来るのはよほどの偶然が重ならない限り不可能ではないかと思いますよ。だから、ふふふ、そんな奇跡的な偶然が起こり得るのか、もう少し観察してもよかったのですけど、まぁ、このぐらいで良いでしょう」

 それから、ジーナは斧を両手持ちで構える。

「それでは、我らが仇敵、帝国の叡智、ご機嫌よう」

 あっさりと言って、ジーナは斧を振り上げて……。刹那!

 ……声が聞こえた。

 高らかに、朗らかに……嘶く、その声の主は……!

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