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第八十七話 若さが違うのだ、若さが……

 これは、まったく関係のない余談ではあるのだが……ここ最近、パティは早寝早起き昼寝付きの……実に健康的な生活を送っていた。

 クラウジウス家にいた頃は、突然、夜中に起こされることもあったので、あまりゆっくりは眠れていなかったが、こちらの世界に来てからはミーアに感化されてぐっすり、しっかり眠れるようになっていた。

 夢にうなされて起きた時、必ずミーアたちか、友人であるヤナたちがそばにいてくれるという安心感も大きかった。

 ということで、ぐーっすり熟睡していたパティであったが、その耳が控えめなノックの音を捉えた。

「失礼いたします。ハンネスさま」

 続いて聞こえてきた声に、音もなくそっと目を開ける。横目に見ると、扉の向こうに立っていたのは、従者としてベルに仕えているリンシャだった。

 ――こんな時間に、なにかあったのかな……?

 パティは、あくびを一つ。それから、目元をくしくしとこすってから、ベッドの上に半身を起こす。

「パトリシアお……じょうさま、まだ、寝ていても……」

 弟であるハンネスは、姉に非常に甘い。

 幼い姉の眠りを守るためならば、自分だけで問題を解決しよう、と常日頃から意気込んでいる節がある。今回も、おそらくパティを置いて一人で行くつもりだったのだろう。

 そんな弟に首を振り、パティは口を開いた。

「……平気。それより、なにかご用ですか?」

 リンシャの顔を窺えば、ソワソワと落ち着きがない様子。これは、よほどのことが起きたに違いない、と瞬時に脳みそが覚醒する。

 ミーアと違い、パティの脳みそは糖分がなくても、それなりに回るのだ。若さが違うのだ、若さが。

「あの、実は、ミーア姫殿下たちが、行方不明になりました」

「なんだって?」

 思わずといった様子で、ハンネスが驚きの声を上げる。

「クラリッサ姫殿下のもとに向かって以降、行方が分からなくなってしまって……。それで、その間に、第六資料管理室の室長が、ミーア姫殿下のもとに訪ねてきたようなのですが、その方がヴァイサリアン族の疑いが出てきて……」

 リンシャの説明を聞き、パティは、ベッドの上から降りた。ぬくぬくの毛布の中が恋しくはあったが……孫たちのピンチの前では些細なことだ。

 それから、せっかく温かくなっていた寝間着を、えいやっ! っと気合で脱いで、ささっと外出用の服に着替える。その間に、ハンネスがササッと髪を梳いてくれて、さらに彼自身もシュシュっと着替えを終える。

 まるで、召使然とした弟の動きに、パティは……。

「ハンネス……さま、そのようにしては、私の召使みたいに思われてしまうから……」

「ああ、申し訳ありません。お……嬢さま。今後、気を付けます」

 そんな愉快なやりとりをしつつ、クラウジウス家の姉弟は部屋を後にした。


 急ぎ向かったのは、第六資料管理室の室長、ジーナ・イーダの部屋だった。

 いつもベールで、顔の上半分を隠している女性だ。

「目線を隠すというもっともらしい理由で、額の刺青を隠していたか。なるほど……」

 っというハンネスのつぶやきに、パティは頷いて、

「たぶん、目線を隠すという意図も本当だと思う。神聖典が一部の蛇を炙り出すのに有効だというのと同じ。嘘と真実を上手く混ぜ合わせた……ううん。真実を、真実で覆い隠した。しかも、ヴァイサリアン族が怪しいという話は、その人が司書神官になるよりもずっと後のことだって聞いてるから……」

 パティは深刻そうな顔で眉をひそめ……ふわぁ、っと思わずあくびする。

 まだ、眠い……。

 眠気を堪えるために、むぅっと眉間に力を入れて……。

「かなり用心深く、かなり長い目で歴史の流れを見てる感じがする……。蛇らしい蛇だ。手ごわいかも……」

 そんな話をしながら、部屋までやってきたところで、ラフィーナたちの話が聞こえてきた。

 それを聞き、パティは思わず言っていた。

「……逆に、怪しい感じがする」

 少し驚いた様子で、ラフィーナたちが見つめてくる。その視線を受けて、パティは頷く。

「かなり先入観が入っているように思うけど……それでも、怪しいもの、蛇に関係するものが一切出てこない。それが、逆に怪しい」

 なぜか……? なぜなら、彼女は第六資料管理室の室長だからだ。

 地を這うモノの書関連の文献を扱う部署にいるのに、部屋に一切の蛇関連の物がないのはどうなのか? 情熱的な研究者ならば、資料を持ち込んで読み込むことはあるのではないだろうか。

 部下からの報告書なども、部屋でじっくり読みたくなるのではないか?

 にもかかわらず、その部屋には、そういったものが、不自然なほどになにもなかった。

 書籍の類は潔癖なまでにない。神聖典がぽつんと置かれているだけなのだ。

 もちろん、それだけでは、根拠としては弱いかもしれないが、そこに、ミーアたちが行方不明の現状、ジーナ自身も部屋にいないということ、さらに、ヴァイサリアン族であることを隠していた、という事実も相まって……。

「疑われないように、わざと、それらしいものを自室に置いていない……そんな気がする」

 しかつめらしい顔で、パティは言った。

「では、ここを調べるだけ無駄ということかい……? なにも残っていないと?」」

 アベルのつぶやきに、パティはそっと部屋の中へ。唯一、残されていた神聖典に手を伸ばした。

 そっとページを開きながら……。

「……ラフィーナさま、神聖典を傷つけることは、罪になりますか?」

「え……?」

 きょとんと首を傾げるラフィーナだったが……。ハッとした顔で続ける。

「そういえば、最近、そんな流言が流れていたわね……」

「流言、ですか?」

 アベルの問いに頷いてから、

「この神聖典は聖なる書物だから、雑に扱ってはならない。神聖なものだから、傷をつけてもいけない。床に置いてもいけない。触れる時には細心の注意をしないと、神罰が下るって。確かに、神聖典は神の言葉が書かれた書物。だけど、これ自体はただの本に過ぎない。粗雑に扱うことは、もちろん感心しないけど、神罰が下るなんてことは絶対にない」

「……その噂の話で確信が持てました。そんな噂が流されたのは……」

 パティは、神聖典の見返しの部分、かすかにめくれていたところを一気に剥がした。

 驚く一同の前、表紙と見返しの間から、古びた紙が出てきた。

「ハンネス、これ、読める?」

「これは……」

 受け取ったハンネスは、口の中で小さく呻きつつ、その紙をジッと見つめる。

「ああ、恐らく、第六資料管理室に収められている資料の一部……。それも……」

 震える声で、続ける。

「何かの……薬に関する記述のようです」

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― 新着の感想 ―
この物語の出演者の中でも凄味トップレベルのジーナ・イーダ、それを追い詰めるようにプロファイルしていくパティの描写、とても緊張感を持って読ませて頂きました。個人的にはパティの運命や人となりがティアムーン…
[良い点] 幼少時から英才教育されたら諜報員として凄くなりそう。しかも諜報員であれば一般常識から各専門分野まで広く深く(浅くもなければ狭くもない)知識を網羅し平常心を保ち……モサドとかMI6や陸軍中野…
>ミーアと違い、パティの脳みそは糖分がなくても、それなりに回るのだ。若さが違うのだ、若さが。 何故に祖母が孫娘や玄孫よりも若いのか? ミーア様が飽食……じゃなくて胞食三昧の生活の結果、ノーミソが怠惰…
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