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第七十八話 ベル・リテラシー(極!)

「躍起になって追いかけてこないところを見ると、こちらの体力が尽きるのを待つつもりかしら……? まぁ、こちらとしては助かりますけれど……いったん、距離を開いてなんとか秘密通路を探し出さなければ……それとも、このまま、一定の距離を置いて逃げ続けるほうがいいのかしら……」

 建物の形的に、グルグルと階段を上り下りしてやり過ごすこともできなくはなさそうだった。どこかの扉にカギを締められてしまう危険性はあるかもしれないが……。

 ――本当、この崩れたところに落っこちてくれないかしら……?

 などと……思っていたからだろうか。

 ジャンプしようと踏み込んだ足が、がくん、っと沈んだ。

「はぇ……?」

「危ないっ!」

 後ろから響く声、と同時に、ミーアの身体が後ろに引かれる。

 次の瞬間、足元の床がガラガラと音を立てて、崩れて、消失していた。

「なっ、ななっ!」

「ミーアさまっ!」

 前方、アンヌの叫び声。視線を上げると、ベルとアンヌは、反対側に無事に辿り着いていた。ホッと安堵の息を吐きつつ、ミーアは後ろを振り返る。

「たっ、助かりましたわ。クラリッサ姫殿下……」

 床の消失と共に、一瞬、宙に浮いたミーアの身体を、クラリッサが引っ張り上げてくれたのだ。

 その力が意外にも強かったことに驚きつつ、ミーアは改めて、アンヌたちとの間にできた溝を覗いた。

 深い。それに、反対側までは、およそ五mムーンテールほどある。跳び移るのは難しそうだ。

「あっ、そっ、そうだ、まっ、まずいですわ!」

 ハッとして、振り返った先、まだ遠いがジーナが徐々に近づいてきていて……。っと、こちらの様子に気付いたのか、だっだっだっだっ! っと笑顔で走り出したっ!

「ひっ、ひぃいいいっ! あ、アンヌ、それに、ベル、二人はそのまま進んで行って、なんとか、助けを呼んできてくださいまし!」

 それだけ言うと、ミーアは左手の扉を開ける。

「ミーアさまっ!」

 アンヌの声に続いて、ベルの声が響く。

「ミーアお祖母さまっ! こっちの廊下側の本棚下の段、それか、近くの床を調べてください。たぶん、本当に地下に降りる隠し通路があると思います。そこに進めるはずです」

 ベルは、崩れた足場の下に目をやりながら言った。

 その言葉に、ミーアは一つ頷いて、

「後で、また会いましょう。アンヌ、わたくし、ケーキを所望いたしますわ! 準備をよろしくお願いいたしますわね」

 それだけ言うと、ミーアはクラリッサを引き連れて、扉の中に入った。カギをしっかりと締めてから、すかさず辺りを確認する。

 そこは、かなり広い部屋だった。

 無数に本棚が並んでいるので、隠れることはできるかもしれないが……。

 ――なんとか、どこかに隠れてすれ違うようにして部屋を出れば……。いえ、でも……後ろから斬りかかられるかもしれませんわ。

 今は、こちらを警戒してゆっくり近づいてくるジーナであるが、いざ斧を振るう段になれば、恐ろしい速度で接近してくるに違いない。先ほど、首を狙われた斬撃に、すぅっと背筋が寒くなる。

 ――となると……甚だ不安ではございますけど……。

 小さく息を吐いてから、ミーアはクラリッサのほうに目をやり、

「クラリッサ姫殿下、申し訳ありませんけど、本棚の下の段に扉がついているようなものがあれば、すぐに知らせていただけますかしら? それと、床に違和感がある場所も……」

 協力して、ベルの言っていた地下通路を探すことを決断。

 クラリッサは緊張した面持ちで、小さく頷いた。


 ……ところで、帝国の叡智たるミーアには、一つだけ見誤っていることがあった。

 いや、一つや二つでは済まないぐらい見誤っていることはあるのだが、それはそれとして。ミーアには、自身では熟知していると思い込んでいるにもかかわらず、見誤っているものが少なくとも確実に一つは、あるのだ。

 それは、ベルの直感についてのこと。

 ベルのそれは実のところ、探検や冒険への希求によって得られたものでは……ない。

 皇女として受けた教育によって授けられたものでもなければ、エリスの小説から得た発想力からでもなく、探検家ハンネスとの交流によって培われたものでもない。

 では、いったい何が、彼女の直感を……隠蔽された抜け道を探し出す、その目を鍛え上げたのか……?

 それはかつて、彼女が帝国最後の皇女だった時代の記憶。

 大切な人たちを殺され、戦う力を持たぬ、幼いその身一つで、数多の追手から逃げ延びた、その経験……。

 それこそが、ベルの直感の正体。

 革命期のミーアと同様に、否……むしろ、ミーアよりも長い期間、ベルは一人で隠れ続け、生き延びたのだ。常に、生存への道を探し続け、脱出路を見出すことに命を懸けた、その日々が、ベルの中に類稀なる直感を作り上げた。

 ゆえにそれは、時に、とてつもない精度で、隠された逃げ道を見つけ出す。

 そして、同じくミーアの中で極まりつつあるベル・リテラシーが、まさに、ベルの言葉の重要性を感知していた。

「廊下に面した本棚の下の段、もしくは、床の違和感……」

 残された少ない時間の中、ミーアは、孫娘の言葉に賭けたのだ。

 床を靴で蹴りつつ、辺りをうろうろ。怪しい箇所を探す。

「ミーア姫殿下、ここに」

 呼ばれ、向かった先、その本棚は、確かにあった。

 古びた、重厚な木製の本棚。

 その下段には、確かに、屈めば入れるぐらいの高さの、扉がついていた。

 普通、こういったものは、書類などをまとめて入れておくために、開けると中には段がつけられているものだが……。開け放った先には、なにもない、ガランとした空間があった。

 ミーアは躊躇なく、四つん這いで体を入れる。そうして、すぐに行きついた奥の壁を、少々乱暴に叩く……っと、ガコンッと音を立てて、その壁の一部が……なんと、外れたっ!

「……半信半疑でしたけど」

 ぽつり、とつぶやきつつ、ミーアは目の前の光景を呆然と眺める。

 「…………今後、あの子の冒険好きを、咎めることができなくなりそうですわね……」

 その目の前、本棚の奥、外れた壁の先には、地下へと降りる階段が口を開けていた。

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― 新着の感想 ―
ティアムーンの姫は経験から得るものが多いな…。 ベルもミーア様の瘴気耐性やキノコ大好きに匹敵するものを持っていたとは。 さながら千里眼かしら。(モンハン脳)
ギロチンくんと斧くんは常にミーア姫の首を狙ってるw
ここ数回、危機的状況が続いてますが、皆たくましいですねぇ ヒーヒー言いながらも乗り越えてるw ベルなんかは普段の能天気さに騙されがちですが、結構地獄を見て来てるから逆境に強い事は理解できるのですけど、…
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