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第百三十話 ミーアの"かみ"演説

お忘れかもしれないが、ミーアとて皇女としてこの世に生を受けた者。実のところ大勢の前で話をするのは慣れていた。

 前の時間軸での話ではあるが、怒号が飛び交う場所にルードヴィッヒとともに行き、演説をすることは、ないことではなかった。

 けれど……、

 ――なっ、なんか、ちょっと怖いですわ!

 自分に集まる視線に、ミーアは若干ビビっていた。何しろ、完全武装の若い男たちが静まり返って、みな熱心にミーアの声に耳を傾けようとしているのだ。

 ――もう! もっと騒々しくしていてくださればいいのに。

 これでは、少しも言い間違いができないではないか! と憤っていたのが、悪かったのだろうか。

「みなさま、聞いてくださいませ。わたくしはミーア・ルーにゃ…………」

 噛んだ。

 盛大に噛んでしまった。しかも、自分の名前のところでだ。

 先日、噛んだ箇所と同じだったために、口内炎が若干心配になってしまう。

 それはさておき……、緊張にこわばった顔をしていた兵士たちだったが、それだけに、この不意打ちにはやられた。

 何人かが噴き出し、何人かが頬を赤く染めるミーアに微笑ましげな視線を向ける。

 一方、最初の自己紹介の時点で、兵たちの心をガッチリ掴んだミーアに、ルードヴィッヒは瞠目(どうもく)した。

「まさか、今のもわざとなのか……?」

 などと的外れなことをつぶやいていたりするわけだが、とうのミーアはそれどころではない。

 ブルブル震えながら、よろよろと踵を返して、アンヌの洋服に顔をうずめた。

「……もう、いやですわ」

「みっ、ミーアさま、頑張ってください!」

「……こんな辱めを受けたのは初めてですわ!」

 恥ずかしさを紛らわすために憤怒の声を上げるミーア。まぁ、自分のせいだから、誰にも当たれないわけだが……。

 それでも、気を取り直して、ミーアは話し始め……ようとして気づいた。

 ――あら、わたくし、何を話せばよろしいんですの?

 考えてみるまでもなく、ミーアにレムノ王国軍を止めるプランはない。そもそもの話、ミーアがここまでやってきたのはアベルに会うためなのだ。

 その目的を達成してしまったわけで……、今までも決して考えがあっての行動ではないが、ここから先はより一層のノープランなのだ。

 ――どっどっどうすれば……?

 などという内心の動揺を隠すために、ミーアは極上の笑みを浮かべる。笑って誤魔化す作戦である。

 その笑みに、ますます兵士たちの熱気と期待は高まっていく。前日のお風呂で取り戻した肌艶の威力はダテではないのだ!

 けれど、それにも限界がある。

 ――こっ、これ以上、黙っているわけにはいきませんわっ!

 沈黙に耐え切れずに、ペラペラと余計なことをしゃべってしまう人が時々いるが……、ミーアはまさにそれだった。

 何も……、何一つ考えないまま、ミーアが口にしたのはベールで飾ることすら忘れた願望だった。すなわち……、

「レムノ王国軍の皆さまには、このまま剣を抜くことなく、王都にお戻りいただきたいのですわ」

 これである! 当然……、

「馬鹿な。何もせぬまま、反乱軍を放置したまま、我々に戻れというのかっ!」

 反論はすぐに飛んできた……ものすごい勢いだった。

 憤怒の声を上げたのはベルナルドだ。何を言うんだ、この小娘は! という視線にミーアはひるみまくった。

 ――ひぃっ! こっこっこの方、怖いですわ! ディオン隊長と同じにおいを感じますわ!

 その迫力によって、ようやくミーアの脳みそが回転を始める。今さら感は否めないが、仕方がない。最後までボーっとしているよりはマシである。

 そうして、ミーアが出した結論、この窮地を脱する方法、それはっ!

「だ、だって馬鹿馬鹿しいですわ。あなたたちが戦うなんて……」

 ヨイショだった……。

 相手は烏合の衆ですよー? あなたたちのような立派な騎士様が相手にすることなんかないですよー、という、ミーアなりの全力全開のヨイショである。

 けれど、その言葉に、ある兵たちはさらに怒りの色を濃くした。

 命がけで治安回復のために戦おうという自分たちの勇気を馬鹿にされたように感じたのだから、それは当然のことだった。

 また、ある兵たちは違和感を覚えた。

 民を虐殺することは非道であると非難されるならばわかる。

 あるいは、単純に血を流すこと、戦をすることを忌避するようなことを言われたのでも納得はいく。

 相手は年端もいかない少女、戦いを恐怖する気持ちから、そのようなことを口にする可能性は十分にあるだろう。

 だが――よりにもよって馬鹿馬鹿しいとは? どういう意味なのだろうか?

 その奇妙な言い回しに首を傾げざるを得なかった。

 そして……、ミーアを知る者、すなわちアベル王子から帝国の叡智の噂を聞き、軟弱な王子を頼りになる若き主君へと成長させた相手こそが彼女であると知っていた者たちは……、こう考えた。

「あの帝国の叡智が馬鹿馬鹿しいというのであれば、本当にこの戦いは馬鹿馬鹿しいものなのではないか?」と。

 深刻な疑問を突き付けられた彼らは、次のミーアの言葉を、より一層の熱心をもって待った。

 ――ひぃっ! こっ、この方たち、わたくしのお世辞が通じませんわ!

 もともとミーアのお世辞はあまり上手くないので、たいていの人には通じないのだが、それはともかく……。

 怒りにしろ、好奇心にしろ、自らに向けられた視線の変化を、ミーアは敏感に感じとった。

 これは、ヤバいことになってきたのでは? と冷や汗だらだらのミーアに、横から声がかけられる。

「馬鹿らしいというのは穏やかじゃないな、ミーア。そう言えば君は前も気になることを言っていたな。確か、違和感があるとか……」

 手当を終えたシオンが、腕組みしてミーアの方を見ていた。

「それですわっ!」

 ミーアは、それに乗っかった。話を変えられれば、何でもいいと思ったのだ。

「ええ、ええ、そうですわ。確かに言いましたわ」

 人々の命運をかけたミーアの名演説は、迷走し、いまだ着地点を見いだせずにいた。

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