表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1324/1475

第七十二話 助っ人到来か……? 助っ人……助っ…………人?

 帝国最強の騎士、ディオン・アライアは、鬼神のごとき強さの持ち主として、広く知られている。彼の戦いを見た誰もが、その評価を認めていた。

 けれど、その戦う姿自体が鬼神のようであるかと言われると、実は、そうではない。一撃のもとに鋼鉄すらも両断する、その洗練された剣術は、むしろ見る者に、穏やかな印象すら与えるものであって、決して荒々しい鬼神を思わせるものではなかった。

 そんな彼が、文字通り鬼神のごとき戦姿(いくさすがた)を見せたことは、あらゆる時間軸を見渡しても数回しかない。

 最後の帝国皇女、ミーアベル・ルーナ・ティアムーンの護送作戦において、橋の上に仁王立ちした時、皇女専属近衛隊の最期の戦いの時は数少ない例外の一つであるし、帝国革命時において何度か、そのような姿を確認することはできるが……いずれにせよ極めて稀な姿ということができるだろう。

 そして――そんな稀な姿が、今まさに現れようとしていた。


 エピステ主義者の生き残り、戦闘を得意とする男たちは、その建物の前で静かに時を待っていた。

「痺れの霧が回るまで、今しばらく。一度、痺れが全身に回れば、一晩は体が動かぬ」

「煮るも焼くも、我らの自由ということか」

「仲間の怒り、存分に晴らさせてもらうとしよう」

 蛇の仇敵、帝国の叡智。嫌悪すべき聖女、ラフィーナ・オルカ・ヴェールガの一番の友と呼ばれる憎き帝国皇女の、その腕とも呼べる二人を暗殺できるという歓喜に、彼らが打ち震えていた。

 見るもの見せてくれる……っと舌なめずりしている……まさに、その瞬間だった!

 


 ――雷のごとき轟音が……彼らの耳を打った。



 いったい、何が起きたのか……?

 混乱に固まる体。

「う、ぐ……ぇ」

 直後、小さな呻き声。

 背後の空間、そちらに目をやった者たちは……そこに見慣れる物を見つける。

 石造りの壁に張り付いた、あれは……木の板? あれ? あんなのあったっけ……?

 と、首を傾げる男たち。されど、その正体はすぐに判明する。

 ぐらり、と倒れてきた板、それは、かつてドアだった。

 ちょうどその前に立っていた仲間を巻き込みつつ、吹き飛ばされてきた、ドアの残骸なのであった。

 不幸にして戦線離脱した仲間を、けれど、気遣う余裕はなかった。

 ゆらり、と建物から出てきた影に……、立ち上る、その圧倒的な気配に、注意を向けざるを得なかったからだ。

 恐ろしいまでの力でドアを蹴破って出てきたモノ……。それに目を向けられた時、男たちは思わず、一歩引いた。

 その者の放つ眼光の鋭さに、気圧されたのだ。

 濃密な、質量すら感じさせるほどに重厚な殺気を身に纏った男……。

 ミーアが見れば心に大いなる傷を負ってしまいそうな、その姿は、まさに鬼神……。圧倒的なまでの威圧感を放ちながら帝国最強の騎士、ディオン・アライアは降臨した。

 片腕に意識を失ったご令嬢を抱き、もう片方の手には剣を握りしめて……。

「うっ、うわああああっ!」

 そのプレッシャーに耐えられなくなった者が刃を片手に切りかかる。その斬撃を……首を狙った渾身の一撃を……ディオンは身を屈めることでいとも容易くかわし、一閃!

 右の剣が黒い閃光となり、男の足を切り飛ばしたっ!

 ……誰もが、そう錯覚した。

 足を斬り飛ばされた! っと、確かに、斬られた男自身も確信していた。

 けれど、恐る恐る目を向けた先、幸いなことに、足はちゃんとついていた。ディオンは、なぜか、鞘を付けたまま剣を振るっていたのだ。

 けれど、ああ、よかった! などと安堵する余裕は男にはなかった。直後、激痛が襲い掛かり、一気に冷や汗が体中から湧き出す。

 切り飛ばされてはいなかったが、足は綺麗にへし折れていたのだ。

 崩れ落ちる男を一瞥し、ディオンは次なる敵に向かい駈け出した。


 ――くそっ……こんなに戦いづらいのは初めてだ。早く、解毒しないとならないってのに……。

 敵の攻撃を難なくいなしつつも、ディオンは珍しく焦燥感に駆られていた。

 ジワジワと、体に痺れが回っていく感覚……。今はまだ、シュトリナの薬が効いてはいるが、じきにそれも切れる。先に毒に倒れたシュトリナのほうは、さらに時間的な余裕はないだろう。命にかかわるものかもしれない。急ぎ、味方に合流しなければ……。

 相手の斬撃をかいくぐり、一閃、二閃、三閃。

 放つはすべて下段の横薙ぎ。潰すべきは、敵の足だった。追って来られないように、すべてへし折る。

 斬るのではなく、折ること……それは慈悲ではなかった。

 帝国の叡智の剣として……などと言っている余裕はなかった。殺さぬように……などということは、この際、気にしていられなかった。

 ではなぜ、剣ではなく鞘でへし折ることにしたのか……。

 ――まかり間違って、ご令嬢の肌に傷でもつけたら……目も当てられないからな……。

 左腕の中、ぐったりと意識を失ったシュトリナを守るためのものだった。

 いつ手に痺れが戻ってくるかわからない状況においては、むき出しの刃を振るうのは、リスクが高かった。

 ――責任を果たして、傷一つなく姫さんのところに送り届けないとね……。やれやれ、難儀なことだ。

 心の中で、決意を固くするディオンである。

 ちなみに、これは完全なる余談ではあるのだが……後日、自身が背負うことになった『責任』のことをそんなふうに考えていた、と……うっかり口にしたディオンは、シュトリナにものすごぅく悲しい顔をされてしまった挙句、そのことを酒飲み話でバノスに話したら、なぜか、ものすごぅくお説教を食らってしまい……さらに、なぜかなぜか、ベルにもバレてしまい「ディオン隊長、しっかりしてください。リーナちゃん、ああ見えて、とっても乙女なんですから」と呆れ顔をされることになったりならなかったりするのだが……それはさておき。

 追い詰められ、凶暴さを大いに増した鬼神を止められる者はいなかった。

 ほどなくして、ディオンは、その場の敵すべての足をへし折り、死屍累々を築き上げていた(まぁ、死んでないが……)

 呻き声を上げる男たちを尻目に、ディオンは走り出した。

 ――敵の増援が来る前に、ここを離れなければ……。それに、彼女の、解毒を急がないと。

 焦燥に焼かれる体、違和感は徐々に大きくなり、普段とは違う感覚に足がもつれる。

 かすむ目に、入り組んだ路地は、まるで迷路のようだった。けれど、足を止めるわけにはいかない。記憶を頼りに角を曲がり、曲がり……。けれど、微妙に見覚えがない場所に出てしまったところで、戻ろうと踵を返した刹那……かくん、っと膝から力が抜ける。

 かろうじて、壁にもたれかかり体を支える。

「参った、な。くそ……」

 悪いことに、何者かの気配が近づいてきた。

 ――敵の増援……か。やれやれ……せめて、このお嬢さんだけでも、と思ったが……まだ、やれるか? ……ん?

 奇妙な違和感があった。追手というには、少々、大きいような……?

 かすむ視界に目を瞬かせて、なんとか、その正体を見極めんとする。

 わざとらしく足音を立て、のっそりと近づいてきた影。それは何モノか……?

 疑問に答えるように、それは、

「ぶーふっ……」

 っと鼻を鳴らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
将軍様の、久しぶりの発動?に熱くなりました! でも後日談がなんとまあ……笑ってしまいました。シュトリナの言った「責任」を、将軍様はお決まりのように読み違え、周囲から説教されるとは…。でもシュトリナにと…
>リーナちゃん、ああ見えて、とっても乙女なんですから あいかわらずナチュラルに失礼なベル様w
悪いことに、何者かの気配が近づいてきた。  ――敵の増援……か。やれやれ……せめて、このお嬢さんだけでも、と思ったが……まだ、やれるか? ……ん?  奇妙な違和感があった。追手というには、少々、大きい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ