第七十話 ミーア姫殿下、決意を固める!
さて、その頃、ミーアはというと……二段ベッドに横たわっていた!
ジーナとの会話を終えたミーアは予定を変更。昼食を食べ、おやつを食べた後、昼寝を強硬! ベッドに横たわること数瞬で、深い眠りに落ちる!
いつでも自由に(フリー)寝られる人ミーアの面目躍如といえるだろう。
そうして、夜まで熟睡したミーアは、むっくりと身を起こす。
「ふわぁむ……眠い。それに、お夕食を食べそこなってしまいましたわ。けれど……いかないわけにはいきませんわね……」
あくびを噛み殺しつつ、のっそりと部屋を出る。
無論、アンヌと一緒にである。だって、夜の図書館とか暗いし……。別に幽霊とか怖くないけど暗いし。怖くないけど……。
そうして、向かう先は、クラリッサの宿泊している部屋だった。
そうなのだ、ミーアが昼寝をしたのは、なにも怠惰だからではないのだ。
昼食を食べ過ぎて眠くなったから、ではないのだ。
夕食の分も! と食べ貯めようとして、おやつを食べ過ぎたせいで動くのが怠かったから、とかではないのだ! ……本当だ!
そうではなく、ミーアはその叡智を使って推理したのだ。
ヴァレンティナがクラリッサに接触してくるとして……最も適した時はいつか? と。
エピステ主義者という、放火の有力容疑者が捕まった、このタイミングではないか? と。
――人間というのは、一つの問題が片付いて、ホッと安堵の息を吐いた瞬間が、最も油断するもの。あのヴァレンティナお義姉さまが、その隙を突かないはずがありませんわ!
であれば、今日か明日……。遅くとも、三日以内には会いに来るに違いない。
そうミーアは確信していた。
だからこそ、アンヌにも昼寝をしておくように指示を出したのだった。
「では、行きますわよ、アンヌ」
そう声をかけ、こっそり廊下を進み始める。
ほの暗い廊下に目を凝らす。淡い光によって照らされた廊下は、しんと静まり返り……やはり、ちょっぴり不気味だった。
ミーアはそっと後ろを振り返る。忠臣アンヌが、ん? という顔で首を傾げている。
「しっかりついてくるんですのよ、アンヌ」
念押しするミーアである。アンヌが暗い中で一人になってしまって、怖がっては可哀想だし……っと頷きつつも、ミーアは歩き始める。
「ミーア姫殿下、どちらへ?」
途中、護衛にあたっていた皇女専属近衛兵が驚いた様子で話しかけてくる。
「ええ……少し、夜の散歩に……」
素直に言ってしまえば、止められてしまうかも……と思い、咄嗟に誤魔化しにかかるミーアである。
直後、護衛兵を連れていくべきかも……と、一瞬、頭を過るが……。
――できれば、あまり、多くの方には知られたくありませんわね。クラリッサお義姉さまとヴァレンティナお義姉さまの会合のことは……。
どちらも、アベルの姉、将来の自身の義姉であることには変わりないのだ。悪事を未然に防げるのであれば、それに超したことはない。
――それに、下手に兵を連れていけば、逆襲を受けてしまうでしょうし。連れていくのであれば、やはり、一切の抵抗を許さない最強の戦力ですわね。
っということで、ミーアが最初に向かったのは、ディオンが割り当てられた部屋であったが……あいにくと、部屋の中にはいなかった。
――ふぅむ……リーナさんとの活動に出ているのかしら……。でも、こんな夜にはさすがにないでしょうし……とすると、図書館の警備にあたっているのか……。
その足で、ベルたちの部屋に行く。と、ちょうど、タイミングよく、ベルが部屋を出てくるところだった。
……ランプを片手に、なにやら、ハンネスが被っていたような特徴的な帽子を被り、動きやすいズボンをはいたベルは……こう、いかにも「これから図書館探検に行きますが、なにか?」といった格好をしていた!
シュシュっと廊下に視線を送ったベルは、直後、ミーアを見つけて、ぴょんこっと飛び上がった。
「あっ、み、ミーアおば、お姉さま……。どうして、こんなところに……!?」
「リーナさんに用があったのですけど……ベル、その格好はいったい?」
ジト―ッと目を細めて見つめてやると、ベルは、うぐぐぅ、っと言葉にならない呻き声を漏らした。
そのまま、ベルの後ろに立つリンシャに視線を向ければ、
「あ、その、これは、ええと……」
っと、気まずそうに目を逸らしてしまう。ベルへのしつけが、少々、甘いようだった。
「あっ、そ、そうでした! リーナちゃん!」
パンッと手を叩き、ベルが言った。
「リーナちゃん、今日は帰れないかもって言ってたんです。ディオン将軍も一緒ということでしたから、特に気にしてなかったんですけど、でも、地図を見てる間に心配になってしまって。もしかしたら、図書館の中で迷子になってるんじゃないかって。それで、探検しに行こうと思ってたんですよ、実は!」
などと、ペラペラ早口で言うベル。
「ほう、図書館の中を、探検……?」
「はい。せっかく地図も写させてもらったので……。この、今は使われてないっていう旧区画が怪しいなって思って……。いかにも宝が眠っていそうって……」
「ベル、隠せてませんわよ?」
「……? ……はっ!」
あわわ、っと慌てるベルに、ミーアは小さくため息。
「あの、ミーアさま、ベルさまもシュトリナさまのことを心配していたのは、本当なんです。ただその、ベルさまは欲望に流されやすいというか……」
リンシャがすかさず弁護に回る。それに合わせて、ベルも、うんうんうんっと大きく頷く。
じとーっと疑いの目を向けるミーアであったが……。
「まぁ、そういうこともあるかしら……。確かに、帰りが遅いのは心配というのはわかりますし、ともあれ、ディオンさんが一緒に行っていれば大丈夫、と緊張がゆるむのもまた事実……」
「そうなんですよ! 本当はボクも一緒に行きたい気持ちもあったんですけど……あまり、邪魔すると歴史が変わってしまうかな、とも思いまして……」
野次馬ベルが、さらに言葉を続ける。
ミーアは小さくため息を吐き、
「まぁ、あのお二人ならば大丈夫だろう、という気持ちはよくわかりますわ」
そう認めつつも、ミーアは唸る。
――しかし、そうなると、ベルをこのまま放置しておくのも問題がありますわね。ならば……。
一つ頷いてから、ミーアは言った。
「そういうことでしたら、ベル、一緒に来なさい。それとリンシャさんは部屋でリーナさんを待っていていただけますかしら? もしも、ディオンさんが帰ってきたら、クラリッサ姫殿下のお部屋まで来るように、と伝えてほしいんですの」
ミーア、ちょっぴり遊びがちな孫娘を直接指導することを決意するのであった。