第百二十九話 帝国最強VS剛鉄槍
剛鉄槍――それは、穂先から持ち手に至るすべてが鋼で作られた鋭く剛重な槍を使うことから、ベルナルドにつけられた二つ名だ。
普通の兵士では、長く持っていることすらできない、その重たい槍を軽々と構えたまま、ベルナルドは突撃した。
「数々の無礼、万死に値する。我が槍で突き殺してくれるわ!」
騎兵のごときすさまじい突進から、すべての勢いを乗せた突き。それはさながら、地を這う竜巻のごとく、ディオンへと繰り出された!
激突!
ガィンッ! と重く響く金属の音。
交錯は一瞬、ベルナルドはディオンの後ろへと駆け抜けていく。
刹那の静寂、その後、剣を振り切った姿勢のまま、ディオンは言った。
「なるほど、すさまじい突きだ……。称賛に値するね。でも、一つだけ興味があるな……」
剣を構えなおしながら振り返り、ディオンは笑う。
「その穂先を失った槍で、どうやってこの僕を刺し殺すつもりだ?」
直後、ひゅんひゅん、っと風切り音を立てて、綺麗に斬られた穂先が天空から降ってきた。
それは、戦場ではよくある風景……、集まっていた兵士は何気なくそれを見ていて……。
直後に、思い出す。
それが決して尋常ではないということに。
そう、ベルナルドが使っている槍は普通の槍ではない。それは一本の鋼なのだ。その穂先が斬られたということは、すなわち……。
「鉄を斬るとは、敵ながら見事なり」
振り返ったベルナルドの手にあるのは、きれいな切断面を覗かせる鋼の棒だった。
交錯したあの一瞬に、ディオンの振り上げた高速の刃が、その鋼を切り裂き、槍を単なる棒へとならしめたのだ。
「まぁ、主君の前だし、このぐらいはね。で? どうするんだい?」
「知れたこと……。突き殺せぬとあらば……殴殺するのみ」
ぶん、っと鋼の棒を振るって、ベルナルドが笑う。
軽々と超重量の鋼の棒を振るうベルナルドが持てば、それはただの槍の残骸にあらず。頭をかすめれば意識を刈り取り、まともに当たれば骨をも砕く恐るべき凶器となる。
未だ衰えるどころか、いや増すばかりのその殺気に、今度はディオンが称賛を送る。
「ははは、見事、見事。レムノ王国にも楽しいやつがいるなぁ。名前を聞いても?」
「ベルナルド・ヴァージル。第二騎士団、団長である」
「おー、噂に名高い剛鉄槍か。なるほどなるほど、確かに噂にたがわぬ豪傑ぶり。アンタのような者がいるとは、なかなかどうして、レムノ王国もあなどれないな」
「わしも名前を聞いておこうか、帝国の騎士よ」
「ディオン・アライア。僭越ながら、帝国最強の騎士を自負しているよ」
軽口を叩くディオンを、ベルナルドは鼻で笑い飛ばした。
「ふふん、貴公程度で最強とは、ティアムーン帝国の底が知れるな」
「……言うねぇ、剛鉄槍。その軽口、後悔することにならなければいいけどね」
ディオンは、地面に刺した剣を引き抜き、再びの二刀流になる。
「突撃、突進、突破こそが槍使いの誉れよ。後悔なんぞと軟弱なことをする暇なぞないわ」
ベルナルドは、鋼鉄の棒を突きつけるようにして構え、迎撃の構えをとる。
一触即発、再び緊張が火花を散らしかけたまさにその時……!
「双方、そこまでにしてもらおう!」
鋭くも凛とした声が高々と響いた。
「わきまえよ! ミーア姫殿下の御前である。双方、速やかに武器を収めよ!」
いつの間に現れたのか……。ミーアのすぐ隣、ルードヴィッヒが高々に声を張り上げる。
ちらり、とそちらに目をやったディオンが、やれやれとばかりにため息を吐き、それから両手の剣を地面に突き刺した。
それから、ベルナルドの方を一睨みする。
「ちっ……」
対するベルナルドは、苦々しげな顔をしながら構えを解いた。
彼が突撃した理由は二つあった。
一つは、無論、王子のそばに得体のしれない男が剣を持って立っているという状況を打開するため。
雰囲気的には王子に害を加えるとは思いづらかったが、さりとて放っておくことはできなかった。
けれど、それに輪をかけてもう一つの理由が大きかった。
それは、その場の主導権を握ることだったのだが……。
ベルナルドが構えを解いたことで、自然、みなの視線が、ミーアへと向いた。
主導権を握るもの、この場の支配者たるミーアのもとへ……。
「はぇ……?」
そもそも……殿下の御前というのであれば、アベルもそうだし、ミーアと同格のシオンだとて、この場にはいるのだ。
されど、強力な騎士であるベルナルドを圧倒したディオンが……、この場における最強の戦士たる男が素直に命令に従い、剣をおさめたことで、この場における主導権は完全にミーアに流れていた。
ルードヴィッヒの絶妙かつ巧妙な誘導である。
その上で、満を持してルードヴィッヒはミーアの方を見た。
さぁ、ここから先はあなたの出番ですよ、とばかりに誇らしげな顔で……。
……ぶっちゃけミーアとしては、いい迷惑である。
なにしろ、今のミーアは腰が抜けた上に、泣きべそ状態である。
――え? え? なんで、みなさん、わたくしの方を見ておりますの?
兵たちの視線を受けて、早くも小心者の心が悲鳴を上げる。
けれど……、今のミーアには頼りになる忠臣がついているのだ。
助けを求めて、アンヌの方を向くと、第一の忠臣は頼もしげに頷き、ミーアの涙を拭い、顔をキレイにして、すっすと髪を整えてから、もう一度、頷いた。
「私たちがついてますから……」
――あ、ああ……、逃げられませんのね……。
その言葉に、ミーアはついに覚悟を決め、兵たちの方を振り向いた。
前日にお風呂に入ったことに加え、わずかに潤みを残したその瞳は、ミーアに美少女めいた風格を付け加えていた。
後に出版されたミーア皇女伝にはその場にいた兵士の証言が載っていた。
「その姿は戦場に舞い降りた月の女神のようだった」(注:エリス意訳)