第五十九話 ミーア姫、再びメイスイリを炸裂させる!
「なるほど……ハンネス大叔父さまが、必要としている資料だけがない」
「必要としている、というよりは、こちらが把握している以外のという感じでしょうか。例えば、地を這うモノの書で言えば、クラウジウス家で保持していた写本と被る物がほとんどでした。見慣れないものがあったとしても、肝心な部分が書かれていなかったり、欠けていたりするのです」
「ふぅむ、それは、偶然のことなのかしら? あるいは、何者かが隠しているとか?」
第六資料管理室は隠された部署だ。万が一にも間違って読まれぬよう、大切な部分は事前に隠しているという可能性もありそうだが……。
「尋ねてみましたが、どうやら、そういうことではないようです。第六資料管理室の書庫自体が隠された場所なので。それに、こちらとしても図書館の蔵書を把握しているわけではないので『何がない』とは言い難く、確かめようはないのですが……」
「確かにそうですわね。ただ、それだけではない。意図的に隠されているように感じた、とそういうことかしら?」
チラリと視線を向ければ、ハンネスは苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。
「あるいは、単純に我々が期待していたほどには、この図書館の蔵書の揃えが良くなかったということかもしれませんが……」
そう言いつつも、どうも、ハンネスは資料が隠されていることを疑っているらしい。
――ふぅむ、しかし、妙ですわね……。ラフィーナさまや館長のユバータ司教に逆らってまで、わたくしたちに隠す理由があるのかしら。室長のジーナさんとは仲良くしてますし、しっかりと謙虚に振る舞いましたから、警戒されるようなことにはなっていないはず。
っとそこまで考えたところで、ミーアはハッとする!
――ああ、でも、いましたわね! わたくしが、高慢にも、黄金のナニカを建てたがっている、というような風評被害を引き起こしそうな方が……。
そう言えば、司教たちに呼び出しを受けて、いろいろ話をしたとか言っていた気がする。
嬉々として、堂々たる態度で、そんなことをしそうな弟子の姿が、ミーアの脳裏に浮かんだ。
「ガヌドス港湾国ではー、ミーア師匠を模した黄金の灯台を建てようとしているところなんですけどー、ヴェールガでは建てないんですかー?」
などと、こう……ものすごぅく煽ってる姿がついつい想像できてしまって……。思わず、
「これは……オウラニアさんに話を聞く必要があるかしら……?」
もしも、余計なことを言ったのであれば、すぐにでも訂正しなければ大変なことになる。
――もしも、変なことを言っていたのであれば、きちんと説明しておかなければ……。いや、それでは足りないか。否定するだけではなく、なにか……。
「納得のいく理由を提示した……」
――ほうがいいのかもしれませんわね。それっぽい理由を……黄金の灯台のそれっぽい理由……? 錆びづらいとか、そういったことかしら? ううぬ……ともかく、確認が必要ですわ。
ミーアは難しい顔で考え込んだ。
そんなミーアの、なにげないつぶやき……それを聞いて、怪訝そうに眉をひそめたのは、シュトリナだった。
「オウラニア姫殿下に聞く? 納得のいく理由を提示した……?」
その二つの単語を、確認するように反芻したシュトリナ、その顔に、ジワジワと驚きが滲みだしてきて……。
「まさか……あのベールって……ということは、もしかして……」
「んっ? リーナさん、どうかなさいましたの?」
「いえ……。ミーアさま、その件ですが、リーナが担当するのがよろしいかもしれません」
なにやら、シュトリナが真剣な表情で言った。
「まぁ、リーナさんが?」
「はい。他の人だと危険かもしれませんし……」
「危険……」
ミーアは、ふぅむ……と考え込んだ。
――確かに、リーナさんは、わたくしの黄金像をどうこうとか、言っているのを聞いたことがありませんわね。謎の黄金像をベルと一緒に探しに行きたい! とかは言いそうな気がしますけど……。いずれにせよ、わたくしもあまりクラリッサ姫殿下のそばを離れられませんし、任せられるなら、任せたほうがよろしいかもしれませんわ。
もう一度、シュトリナの顔を見つめてから、ミーアは深々と頷いた。
「そうですわね。リーナさんにお任せするのがよろしいかもしれませんわ……。それと……」
ミーアは、さらに、保険をかけることにする。それは……。
「ディオンさんも一緒に行っていただくのがよろしいかしら……?」
「え……? え?」
唖然とした顔をするシュトリナに、ミーアは頷いてみせる。
「一人で行くというわけにもいかないでしょう。それに、この図書館の中にいれば、そうそう危険なことにはならないでしょうし、護衛のほうは皇女専属近衛隊に任せて大丈夫ですわ。彼も暇しているでしょうから、連れて行って差し上げるとよろしいですわ」
にこやかな笑みを浮かべるミーアである。
――リーナさんは比較的、信用できる方ではありますけど、万が一のことがございますわ。ディオンさんが一緒についていけば、リーナさんがわたくしへの無茶な礼賛を始めたら、たぶん止めてくれるはずですわ。
ミーアの、ディオン・アライアへの信頼は揺らがないのだ。
シュトリナは、一瞬、なにやら葛藤した様子だったが……。
「わかりました。ご配慮、感謝いたします」
決意のこもった口調で、言うのだった。