第五十七話 違和感……
「うーむ……今日もクラリッサ姫殿下と上手く仲良くなれませんでしたわ……」
クラリッサ詣でをすること、早三日。ミーアは思わず深いため息を吐く。
相変わらず進展はなかった。
――なかなかに、奥ゆかしい方ですわ。令嬢たちには大人気の、恋愛小説の話題にも乗ってきませんでしたし……。
なにか、食いつきの良い話題があれば、と思い、いろいろ話しかけるも、ほとんど撃沈。
しかも、なにやら自分が空気を読まず、ペラペラしゃべりかけて、クラリッサの作業を邪魔しているようにすら感じてしまう始末……。
「どうしたものかしら……」
そんなことをつぶやきつつ、向かうのは食堂である。
これから、楽しい楽しいランチタイムなのだ!
――とりあえず、美味しい物を補給して午後の時間も頑張りますわ!
っと、ひそやかに気合を入れるミーアに、後ろから近付いてきた者がいた。
「すまない、ミーア。君に悩みの種をもたらしてしまった」
その声に、ハッとして振り返る。っと、そこには、実に申し訳なさそうな顔をしていた
「ああ、アベル。いえ、あなたが気にすることではありませんわ。わたくしがすべきことでもありますし……。それより、そちらはどんな感じですの? 資料調べに、なにか進展はございましたかしら?」
アベルには、ハンネスに協力してもらっていた。
クラリッサのそばにいてもらったほうが、と思わないでもなかったが、彼がいてしまうと、クラリッサは陰に隠れてしまうのだ。
アベル曰く、第二王子を差し置いて、自分が会話をすることを罪だと思っている節があるのだという。
言われてみれば、確かにその傾向はあるなぁ、と思ったミーアは、代わりにハンネスの調査に協力するよう、アベルに依頼したのだが……。
ミーアの言葉に、アベルはハッとした顔で頷いて、
「そうだった。ハンネス殿から、伝言があったんだ。少し相談したいことがあるから、昼食の後、少し時間がほしいと……」
「あら、ハンネス大叔父さまが……? ふむ、なにかわかったことがあったのかしら?」
「いや、そうじゃない」
アベルの否定の言葉には、けれど、特に失望はなかった。
「ああ、まぁ、短期間でどうにかなることではないでしょうね。調べ物には時間がかかるものでしょうし……」
最初の一日は、海獣写本の件について第六資料室の者たちと会談をしていたはず。となれば、まだまだ、資料調べは始まったばかりといえる。
――とすると、例の放火関係の話かしら? パティから情報は行っているはずですけど……。
ミーアは、ふむっと唸り、
「では、昼食後に会いに行きますわ。ベルがサボっていないかも気になりますし……」
半ば冗談でそう言うと、アベルは、ちょーっぴり困った顔で……。
「……ああ。まぁ……、彼女なりに頑張っていると思うよ。うん」
微妙に歯切れ悪く言うアベルが気になるミーアであった。
さて、アベルとの優雅なランチタイムを過ごした後、ミーアはハンネスのもとを訪れた。ちなみにクラリッサのことはアベルに任せ、さらにアンヌに、さりげなく見張ってもらっている。
「あっ、ミーアお姉さま!」
部屋に入ると、すぐにベルがハッとした顔で、ササッと背中に何かを隠した。
「ふむ、ベル、ちゃんと調べ物をしておりますのね。偉いですわ」
ミーアは穏やかな笑みを浮かべてベルを褒める。っと、ベルは、ふにゃっと笑みを浮かべた。そんなベルに、ミーアもニッコリ笑みを返して近づいていく……次の瞬間! ササッとベルが背中に隠したものを奪い取った!
「あっ! ああ!」
ベルの悲痛な声を無視して、ミーアは手の中の物を確認。それは本ではなく、何かの紙束だった。
「あら? これは……」
てっきり、なにか、娯楽用の小説を読みふけっていると考えていたミーアは、予想外のものに首を傾げる。
手の中の紙には、文字ではなく線が引かれていた。
「それは、その……この神聖図書館の古い地図です。たまたま、見つけたので……」
「ほほう……。たまたま、見つけた。この古い地図をですの?」
「はい! 本棚の後ろに落ちているのを見つけて。あまり使われなさそうな本棚だったんですけど、妙に裏側が気になって、覗き込んでたら見つけてしまって……」
「ほほう! あまり使われてなさそうな、人があまり足を踏み入れない区画を探検している最中に見つけたと……。つまり、この地図はベルの探検の成果であるわけですわね」
「はい! そうです! ……あっ! いえ、でも探検じゃなくって、資料探しの成果ですよ? ほっ、本当です!」
微妙に気まずそうな顔をするベルに、ミーアはジト―ッと疑いの目を向ける。
「あまり、彼女を怒らないでください、ミーア姫殿下。私がお願いしたのです」
弁護に現れたのは、最近ベルが師匠として慕う男、ハンネスであった。
「ああ、ハンネス大叔父さま……。はて、お願いしたとは……?」
首を傾げるミーアに、ハンネスは困り顔で頷いて、
「実は、ご相談したかったことにも関係してくるのですが……」
そうして、彼は、閲覧室の隅の席へとミーアを誘った。そこには、パティとシュトリナの姿もあった。
「実は、二日ほど資料にあたっているのですが……。少しばかり困ったことがありまして」
それから、ハンネスは顎に手を当てて、
「いや、困りごと以上に、不自然なこととでも言ったほうが良いのかもしれませんが……」
考え込むように言った。