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第五十六話 本当に本当に、本当だ!

 聖女ラフィーナ・オルカ・ヴェールガは、基本的には優秀な人であった。

 ……これについては、本当に本当だ。

 その性格は、いささか高潔に過ぎるところはあれど、民に対しては大らかで、思いやりがあり、弱き者たちに助けの手を伸べることも厭わない。まずもって聖女と呼ぶのに相応しい人柄であった。

 それだけではなく、行政能力や戦略眼といった統治者に必要な能力も、彼女は持ち合わせている。

 友人関係で発揮されるボッチ属性と、恋愛関係に対して若干の未熟さを見せる以外は、優秀な人物であると呼んでも差し支えない……はずだ。たぶん。

 そんな彼女は、ミーアの話から一つ疑問を覚えていた。

「この神聖図書館を燃やすことは、可能かしら?」

 それは根本的な疑問であった。

 本という燃えやすい物を扱う以上、この図書館の防火と消火の備えはしっかりしているのではないだろうか?

 ヴェールガは水が豊富な国としても知られている。

 このドルファニアにしても、無数に水路が走っている。ゆえに、消火は比較的、容易なはずで……。

「神聖図書館でも確か、迅速な消火のための体制を検討していたはず……」

 以前に資料を読んだことがあったはず……と、小さくつぶやきつつ、ラフィーナは動き出す。向かったのは、図書館長、ユバータ司教のところだった。

「これはラフィーナさま、どうかなさいましたか?」

 ちょうど、パライナ祭の実務について検討していたらしい。彼の机の上には、祭りにかかる費用や参加国の予想などがまとめられた書類があった。

「お忙しいところ、ごめんなさい。少しお聞きしたいところがあって……。この神聖図書館の緊急時の体制について興味がわいたものだから」

「緊急時の、でございますか?」

 目を白黒させるユバータ司教に、ラフィーナは頷いた。

 ――クラリッサ姫殿下の話は……あまり詳しくは言わないほうがいいかもしれないわね……。

 無用な混乱を生まぬよう、未だ起きていない犯罪について言及するのは控えつつ、ラフィーナは情報を探っていく。

「実は、セントノエルでも古い警備体制をずっと使いまわしていたのだけど、それでは不都合が出てきたから、刷新したの。例のヴァレンティナ・レムノの脱走のこともあるし、この神聖図書館の警備体制について見ておきたいなって思って……」

「ああ、なるほど。そういうことでしたか……」

 ユバータ司教は納得の頷きをみせてから、静かに立ち上がる。

 壁際の本棚へと向かった彼は、そこから、いくつかの巻物を取り出した。

「こちらに、図書館の全体図と共にまとめてあります」

「ありがとう、感謝します」

 受け取った巻物を広げてみる。いくつか簡単に質問しつつ、ラフィーナは小さく唸る。

 ざっと見た限り、神聖図書館の消火体制に不備はなさそうだった。

 ――確かに本は燃えるわ。だけど、だからこそ神聖図書館では、火について、強い注意を払っている。本棚に火をつけるのは、難しい気がする。

 外部からの客であるクラリッサは、持ち物について調べられているだろう。一国の王女とはいえ、この神聖図書館に入る際には、しっかりとチェックがなされている。

 そんな彼女が、何らかの方法で火をつけるのは難しそうだ。仮に種火を起こすぐらいはできたとしても、見回りをしている司書神官の目につかずに大きな火事を起こすことは、困難と言わざるを得ない。

 ――この状況で、クラリッサ姫殿下が放火するとしたら、どうするかしら……?

 本という可燃物は豊富にあるが……その本を守るための体制を敷く、この図書館でするのは人目につく。もっと目立たないように、ひっそりと準備を進めなければならないだろう。

 ユバータ司教の部屋を出たラフィーナは、顎に手を当てつつ、小さくつぶやく。

「目立たずに撒ける可燃物が必要なのではないかしら……? 例えば油とか……あるいは……強いお酒とか? それ以外にも、可燃性の物の流通の方面から調べるのがいいかしら……」

 ミーアとは別方面での調査、それこそが、大祭司ヴェールガ公爵の娘としての権力を用いたものだった。

「ドルファニアの有力な商人にあたって、物品の流れをあらってみましょうか。あとは……」

 考えごとをしつつ、ラフィーナは図書館を出る。っと……。

「おう、ラフィーナ嬢ちゃん。どこか行くのか?」

 突如、話しかけられて顔を上げる。瞬間、喉の奥から、ヘンテコな声が出る。

 林馬龍が怪訝そうに、こちらの顔を覗き込んでいたからだ!

「ひゃ! あ、まっ、馬龍さん……。あっ、あなたこそ、どうかしたの? こんな外で……」

 一瞬にして脳内に、昨夜のパジャマ女子会の光景が過る。頬が熱くなるのを感じつつ、ラフィーナは小さく深呼吸。それから、涼やかな笑みを浮かべる。

 そんなラフィーナに気付いていないのか、馬龍は頭をかきつつ、

「いや、実はな、荒嵐のやつが逃げ出したらしくってな……」

 あっさりと、トンデモナイことを言い出した。

「え? そっ、それ、大変なんじゃ……」

「いやぁ、月兎馬は頭がいいからなぁ。繋いでおいてもどうにかして縄を解いて、気ままにどこかに走りに行っちまうことがあるんだよ。気が済むまで走ったらどうせ帰ってくるから、まぁ、それはいいんだが……」

「それは、大丈夫なのかしら……? 街中で、誰かに盗まれたりは……」

 ラフィーナのもっともな疑問は、けれど、馬龍の豪快な笑い声にかき消される。

「ははは、荒嵐のやつは、そんなへまはしないさ。それは大丈夫なんだが……」

 一転、馬龍は黙り込む。難しい顔で腕組みしつつ……。

「ただ、街の外には出ていってないみたいなんでな。となると、いったいぜんたい、どこで走ってるのか、と思ってな……。軽く濡れてることもあったから、どこか水路の近くじゃねぇかと思うんだが……それらしいところが見当たらないんだ」

 それから、馬龍はラフィーナに目を向ける。

「ところで、嬢ちゃんはどこかに行くところなのかい?」

「あ、ええ……。少し調べ物をする必要があって……」

「そうか。なら同行しよう」

「え……? どっ、どうして……?」

 ラフィーナは、思わず問いかけてしまう。チラチラと、昨夜の、楽しくも甘酸っぱいパジャパの会話が甦っては消えるが……。

「んっ? いや、特に理由はないが……。聖女の護衛は志願兵が務めるんだろう? メイドのお嬢ちゃんと二人だけじゃあ、いろいろと物騒だと思ったんだが……。俺が聞いちゃまずい話でもするってんなら、遠慮するが……」

「いえ、そんなことはないのだけど……」

 っと、そこで、ラフィーナは一つ咳払い。

「そっ、それじゃあ、その、お、お願いします」

 それだけのことなのに、なんだか、ちょっぴり緊張してしまうラフィーナであった。


 聖女ラフィーナ・オルカ・ヴェールガは基本的には優秀な人だ。例外的に友人関係と恋愛関係において、少々、アレなところがあるだけで基本的には優秀な人なのだ。

 これは本当に本当に、本当のことなのだ。本当だ!


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― 新着の感想 ―
>>これは本当に本当に、本当のことなのだ。本当だ! 聖職者のトップにして国家元首の娘に生まれた立場だからその「アレ」な部分に色々制限が飼っているのは仕方のない事ですけどね。 しかも父君は溺愛してる…
>これは本当に本当に、本当のことなのだ。本当だ! ミーア「うんうん、そうですね。ラフィーナおば・・姉さま」
聖女ラフィーナ・オルカ・ヴェールガは、基本的には優秀な人であった。  ……これについては、本当に本当だ。  その性格は、いささか高潔に過ぎるところはあれど、民に対しては大らかで、思いやりがあり、弱…
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