第五十四話 お茶会エリート、ミーア姫
翌日、ミーアは早速クラリッサのもとを訪れていた。
今日も変わらず、クラリッサは、閲覧室にて本を広げていた。
「ご機嫌よう、クラリッサ姫殿下。パライナ祭の準備は順調かしら?」
「あっ……」
話しかけると、クラリッサはビックリした顔をして、それから、すっと目を逸らし、
「いえ、その……。まだ、資料を読み込んでいる段階なので……」
っと、実に話しづらそうに言った。
――うーむ、昨日の乗馬の効果はまだ出てないみたいですわね。やっぱり、まだ心を開いていただけていないようですわ。荒嵐に気を取られ過ぎたかしら……。
ともあれ、これでへこたれるミーアではない。
前の時間軸、幾度もラフィーナに挑み続けたミーアである。この程度の扱い、どうということもないのだ。
ニコニコと愛想よく微笑んで、ミーアはクラリッサの正面の席に座った。
「わたくしの経験上、やはり名産品の紹介がよろしいかと思いますけれど、レムノ王国の自慢の食べ物とかございますの?」
パライナ祭のアイデア出しの体で、話しかけてみる。っと……。
「いえ……。残念ながら、特には……。南方からセントバレーヌ経由の舶来品が入ってくることはありますけど……」
「ああ、なるほど。確かに、舶来品は、パライナ祭の出し物としては相応しくないかもしれませんわね。他には……、ああ、クラリッサ姫殿下の好物とかはございますの? なにか、ご自分が好きな食べ物をとっかかりとするのも良いかと思いますけれど……」
「私は、別に……。何が、好きとかはありません」
答えは実に素っ気ない。めげずにミーアは話しかける。
「甘い物などは?」
「それなりに食べますけど……これといったものは別に……」
これまた、大変、素っ気ない答えが返ってくる!
――これは、なかなかにとっかかりが掴みづらいですわ。まぁ、こうしておそばにいることで、ヴァレンティナお義姉さまの接近を防げてはいるのでしょうけれど……クラリッサお姉さまと仲を深めるのは、なかなかに容易ではなさそうですわね。
というか、気まずいままここにいると、なんだか、邪魔しているみたいになってしまうかもしれない。これはまずい。
――かといって、離れた場所で読書を始めるのもどうかと思いますし……。アベルか誰かがいてくれれば、少しは違うのですけど……。
っと、その時だった。ちょうどタイミングよく部屋に入ってきた者がいた。ベールで顔の半分を覆った女性……それは……。
「あれは……ジーナさん?」
第六資料管理室室長、ジーナ・イーダは、ミーアたちのほうに顔を向けて、足を止めた。
――ふむ、ここは思い切って……。
一つ頷き、ミーアは立ち上がり……。
「ご機嫌よう、ジーナさん」
「これは……ミーア姫殿下。ご機嫌麗しゅう」
話しかけられたことが意外だったのか、ジーナの答えには一瞬の間があった。
「よろしければ、こちらで少しお話ししないかしら?」
「え? ですけれど……」
ジーナは、クラリッサとミーアへと、交互に顔を向け、
「お邪魔ではありませんか?」
「いいえ、まったく。アイデアを出す際には、人数がいたほうが良いですし。よろしければ、ここにいていただけると助かりますわ」
ミーア、積極的にジーナを巻き込んでいく。
――ジーナさんは穏やかな物腰の方ですし、いていただいたほうがクラリッサ姫殿下も緊張せずにいられるのではないかしら?
幾度もお茶会に参加し、数多の知識とお茶菓子とをその身に蓄えてきたお茶会エリート、ミーアは知っている。
お茶会に参加する者には、それぞれに役割がある。
自分から話したがらない者ばかりが集まっても、逆に積極的に話をしたい者ばかりが集まっても、お茶会は盛り上がらないのだ。さらに、積極的に話したい者が一人いて、後は聞き役に回りがちな者を集めたとしても、それは一人の独壇場になってしまい、やっぱり楽しいお茶会にはならない。
逆に、意外な組み合わせのほうが盛り上がるということもあって、それはお茶会の妙とも言えるものだった。
いずれにせよ、お茶会にはバランスが重要なのだ。
現状、クラリッサは自分から話したがらず、ミーアのみが話すような状況になってしまっている。これは、双方にとって居心地の良い空間ではない。
ゆえに、ミーアは場を整えるためにお茶とお茶菓子か、もしくは、誰かほかの人間を呼んでくる必要があったのだ。
――それに、ジーナさんは第六資料管理室の室長でもありますし、仲良くしておくにこしたことはないですわ。
「私でお役に立てるかはわかりませんけど……」
「ふふふ、まぁ、そうかしこまらずとも良いですわ。単に、息抜きがてら雑談に興じるのも意味のあることですし……。ああ、もちろん、お忙しいということであれば、無理しなくても構いませんわ。それにお知恵を借りると言っても、もちろん、できる範囲で構いませんわ」
ちゃんと、蛇の知恵とか言い出さなくていいよ、ということの断りを入れておく。
ジーナは一瞬迷った様子だったが、
「それでは、お邪魔させていただきます」
そう言って、腰を下ろした。そんなジーナに、ミーアは上機嫌に話しかける。
「よかったですわ、ジーナさん。あなたには、ここにいる間に、いろいろとお話ししたいと思っておりましたの」
「ふふふ、それは光栄です。私も、お話ししたいと心から思っていました。かの、噂に名高き帝国の叡智と……」
口元に穏やかな笑みを浮かべ、顔を向けてくるジーナ。その誉め言葉にミーアは、上機嫌に笑みを浮かべ……るようなことは、もちろんない! むしろ……。
――むっ! これは……! 危険ですわ! わたくし、試されておりますわね!
警戒感を新たにする! なにしろ、相手は第六資料管理室の室長である。昨日も、ラフィーナと仲良くして、調子に乗っていないか試されたのだ。今回もそうに違いない。
――ここは、あくまでも謙虚に、謙遜な姿勢を貫いて……。
ミーアは首を振り、
「そのように叡智などと……持ち上げられては困ってしまいますわ。ただ運が良かっただけのことなのですもの。それに、なによりラフィーナさまやアベル王子殿下、ついでにサンクランドのシオン王子などのご助力があってこそのことですわ。わたくし一人でできたなどということは、ただの一度もございませんわ」
きっぱりと言っておく。あくまでも自分の功績ではありませんよ! と強く、強くアピールする!
「あら、ご謙遜を。あなたのことは、このヴェールガの多くの者たちが認めておりますのに」
続くジーナの言葉に、ミーアは確信を深める。試されている! と。
――これで、調子に乗るそぶりなど、決して見せるべきではありませんわ。あくまでも謙虚に、謙遜に……。
ミーアはスッと胸に手を当てて……。
「身に余る光栄ですけれど……いささか持て余してしまいますわ。本当に、わたくしは大したものではございませんのよ? ただ、そう……多大なる幸運と優秀な家臣たちに恵まれただけなのですわ。いわば……環境に恵まれただけですわ」
その言葉に、偽りはなかった。
ルードヴィッヒやアンヌ、自分に力を貸してくれる多くの者たち……。その力添えがあってこそ、断頭台の運命を退けられた、とミーアは本心で思っているのだ。
だからこそ、その言葉には力があった。そして……。
「ヴェールガのジーナさんにこのようなことを言うのは、どうかと思いますけれど……、わたくし、心から神に感謝しておりますのよ? もしも、わたくしがなにか人々のための役に立てているというのならば、それはすべては神のご恩寵によるもの。わたくしが自分でしたことなど、ただの一つもございませんわ」
祈りをささげるように手を組み、澄まし顔でミーアは言うのだった。