第四十七話 混じりけのない善意の……
ランチタイムを終えたミーアは、眠気を堪えつつ、クラリッサのところへと向かった。
クラリッサは、午前中と同じ部屋で本を読んでいた。眼鏡をかけた、穏やかなその顔を見て、ミーアは考える。
――ふぅむ……。この方が図書館に火を……。とても信じられませんけれど……。
ミーアは改めて、クラリッサを観察する。気の弱そうな、その態度を見ると、とても放火などと言う大それたことをしそうには見えないのだが……。
――やはり、蛇がしたことを、クラリッサ姫殿下に擦り付けたということかしら? でも、その辺りの事情をルードヴィッヒが見誤るかしら……?
ルードヴィッヒの日記帳は、過去が改変された時のことも計算に入れて、自身の見た夢をも記録する、極めて精密なものだ。
――あのルードヴィッヒであれば、どれほど些細なことであっても、疑わしいことを言及しないはずがないですわ。蛇の動きだって、ちゃんと計算に入れているのでしょうし、完全な濡れ衣とは思えない。であれば、どんな事情があるにせよ、クラリッサ姫殿下が火を放ったということは確実なのではないかしら……?
現在のところ、動機については、実は書かれていない。炎上によってクラリッサ姫殿下やユバータ司教、さらに何人もの神官が犠牲になったため、事情がよくわかっていないらしい。
ただ、何人かの神官の証言により、クラリッサが犯人であるのは、間違いないらしい。
――その者たちも蛇に操られている……そんな可能性もありそうですけど、ルードヴィッヒが、わたくしが考えるようなことを、考えていないはずはなし。ということは、クラリッサ姫殿下が、少なくとも実行犯であることは確実と考えるべきかもしれませんわね。
その場合、次に考えられるのは二つ。すなわち……。
――蛇は巧みに他人の心を操るものですわ。クラリッサ姫殿下を誘導したということは大いにありそうですわ。あるいは、クラリッサ姫殿下が自分で、ということも、絶対にあり得ないとも言い切れないのかしら。まだ、この方のことをよく知りませんし……。
今日のミーアは、ちょっぴり冴えていた。脳みそがギュンギュン回っていた! 騎馬王国産のバターには脂がたっぷり含まれているのだ! ……ヤバイのだ。
――クラリッサ姫殿下が自分で、となると、動機はやはりパライナ祭のことで苦戦して行き詰まるとかかしら……。となると、クラリッサ姫殿下の手助けをしつつ、蛇の接近を防ぐ、と……わたくしがすることはこの二つですわね。
っと、そう結論付けたところで、ミーアの視線に気付いたのだろうか。クラリッサが視線を上げる。
「あっ、み、ミーア姫殿下」
「ご機嫌よう、クラリッサお……うじょ殿下」
本を閉じ、姿勢を正したクラリッサは、深々と頭を下げた。
「申しわけありません、ミーア姫殿下。アベルは今、騎馬王国の馬龍さまのところに行っておりまして……」
「まぁ、そうなんですのね。ふふふ、ひさしぶりに、馬の話などで盛り上がっているのかしら?」
くすくすと笑ってから、ミーアは首を傾げた。
「ところで、クラリッサ姫殿下の作業はいかがですの? レムノ王国の発表する題材について、なにか、手掛かりが見つかったかしら?
「いえ……なかなか資料を見直すのだけで大変で……。でも、読みこんだからといって、私に良い題材が見つけられるとも思わないのですけど……。焦ってしまいますね」
うつむき、自嘲の笑みを浮かべるクラリッサに、ミーアは首を振った。
「それは良くありませんわ!」
うっかり思い詰めて「全部、燃えちゃわないかなぁ?」なぁんて思われては一大事である。
「書籍と向き合い思考することも大切ですけれど、それだけでは、思考が固まってしまいますわ。気分転換しませんと」
「はぁ、気分転換、ですか……?」
首を傾げるクラリッサに、ミーアは、良いことを思いついたとばかりにパンッと手を叩いて。
「そうですわ。ちょうど良いことに、気分転換のための状況は整っておりますわ」
気分転換といえば、なにか? そう、乗馬である!
馬に乗れば、憂鬱な気分も吹き飛ぶし、小さな悩みなど、さらさらーっと流れて行ってしまうもの。しかも、運動もできて一石二鳥!
――うふふ、馬はすべてを解決いたしますわ!
……こう、食べ物に影響を受けやすいミーアなのであった。
――それに、荒嵐が来ているのは好都合ですわね。暴れ馬に乗るのは体力がいりますし、わたくしが先ほど食べた分など、簡単に消費できるはず。それに、クラリッサ姫殿下はきっと馬に乗り慣れていないはずですし、アベルも同行してくれるかもしれませんわ。
アベルとの乗馬デートとカロリー消費、ミーアの脳内は乙女な要素で埋め尽くされている。つまり、ミーアは乙女なのだ。証明終了!(F.N.Y!)
――あとは、せっかく馬龍先輩もいらっしゃいますし、協力していただこうかしら。先ほど、わたくしがパンを食べ過ぎてしまったのは、元をただせば騎馬王国のバターのせいですわ。あれが美味しすぎるから、わたくしが、普段では考えられないほど食べてしまったわけですし……。その責任を取っていただかなければなりませんわ。
ということで、善は急げ!
ミーアは早速、アベルと馬龍に声をかけ、遠乗りの準備を整えにかかる。すると、馬龍は腕組みしつつ、少し考えてから……。
「それなら、ラフィーナの嬢ちゃんも呼んでやったほうがいいんじゃないか?」
「へ? ラフィーナさまですの?」
不思議そうに首を傾げるミーアに、馬龍が生真面目な顔で言った。
「馬に乗るなら、みんなでってのは鉄則だぞ? 仲間外れにしたら可哀想だ」
「そういうつもりもなかったのですけど……ふむ、そうですわね。ラフィーナさまも、クラリッサ姫殿下と仲を深める必要はあるでしょうし。そういうことなら、お声をかけてみますわ」
それから、ミーアは良き助言をくれた馬龍に頭を下げる。
「ありがとうございます。馬龍先輩は、意外と気が利く方なんですのね」
ミーアの言葉に馬龍は豪快な笑みを浮かべ、
「なぁに。ミーア嬢ちゃんと一緒に遠乗りに行きたいって、この前、愚痴ってたのを思い出しただけさ」
サラリとそんなことを言った。
混じりけのない善意の暴露が、ラフィーナに襲いかかるのであった!