第四十六話 もっ! もっ! もっ!
――ううむ、しかし……困ったことになりましたわ。
パティとベルを交えた三姫会議を終えて、ミーアは思わず頭を抱えたくなった。
ランチのためにやって来た食堂でも、とってーも難しい顔をして考え込む。
とりあえず、部屋で情報共有したいと言っていたラフィーナには、その時に話すとして……。
――問題は、アベルのほうですわ。やっぱりショックを受けてしまうでしょうね。伝え方を考える必要がございますわ。
幸いなことに、まだ犯行は起きていない。とはいえ、やはり、姉が放火犯になるかもしれないというのは、ショックなことだろう。
――アベルは優しい人ですし……。心配ですわ。かといって、話さないわけにもいきませんし……。
などと、ミーアにしては珍しく、極めて真剣に考えごとを続けていると……。
「……ミーアさま、ミーアさまっ!」
肩をゆさゆさ揺すられて、ミーアはゆっくり振り返った。見ると、アンヌが血相を変えた顔で立っていた。
――あら? アンヌ、どうしたのかしら?
「ミーアさま、そっ、それ! それ!」
っと、アンヌが指さした先……手のひらの中には、一口分だけ残ったパンがあった。
「…………はて?」
そうして、視線をお皿の上にやると……なんと、そこに載っていたパンが、なくなっていた! つい先ほどまで、山のように積まれていたはずなのに!
そうなのだ、ミーアは……食べていたのだ! 無意識に、パンを、もっ! もっ! もっ! と食べていたのだ!
気付かぬうちに、たくさんたくさん食べていたのだっ!
「こっ、これは……いったい……!?」
愕然とした顔でアンヌのほうを見ると、アンヌがアワアワと大慌ての顔をしていた。
――き、気付かぬうちに、こんなにたくさんパンを食べていたということですの!? そんな、なぜ、こんなことに……。はっ!
その時だった。ミーアは気付いた。パンにつけてあるバター、その濃厚な香り……。ミーアには覚えがあった。試しに、残っていたパン切れを口の中に入れて……。
アンヌが、ああっ! っと声を上げていたような気がするが、それはさておき……。
そうして、口の中に、じゅじゅわっとバターが溶け出していくのを存分に味わって……。
「ああ、これは……このバターは……騎馬王国のものですわ!」
そう結論付ける。
そうなのだ、このパンにつけられていたのは、あの騎馬王国特有の美味しいバターで……。
――このバターのせいなら仕方ありませんわ。普通のパンが、絶品のご馳走になってしまうんですもの。わたくしがたくさん食べてしまっても仕方ないことですわ。しかし……ふふふ、ラフィーナさま、やっぱりやり手ですわね。きちんと、馬龍先輩と仲良しになって、神聖図書館の食堂にもバターを輸入するなんて……。
まぁったく関係ないことを思いつつ、さぁて、パン=前菜はもういいから、メインディッシュは……などと考えそうになって……。
――って! そうじゃありませんわ。アベルにどう伝えるかですけど……。ううん。やはり、正直に話すのが良いかしら……。
考えた末、ミーアはそう判断する。
――アベルは、優しい人ですけど、強い人でもありますし……。きっと、受け止めてくれますわ、大丈夫、大丈夫……あら?
っと、ミーアはそこで気が付いた。
いつの間にやら、目の前にやってきていたメインディッシュのシチューが……なくなっていることにっ!
「なっ!?」
気付けば、その右の手にはスプーンが。そして、スプーンにはトロリとしたシチューが絡んだニンジンが載っていて……。
「まさか……またしても……」
口の中に意識を集中すると、確かに、シチューのこってりとした甘味が口の中に残っていた!
――これは、いけませんわ。考えごとをしながらお食事をすると、ぜんっぜん楽しめませんわ!
ミーアは、はぁ、っと切なげなため息を吐きつつ、ニンジンを口の中に放り込む。
ほどよく茹でたニンジンはホクホクで、シチューのまろやかさと合わさって実になんとも美味だった。
「……ううむ」
ミーアはしかつめらしい顔で考え込む。
――これは、食事に集中せず、別のことを考えてしまった、わたくしに対する罰ですわね。ディナーの時には気を付けるようにしましょうか……。
それから、ミーアはそっとシチュー皿に目を落とし……。
「ミーアさま、お替りをお持ちしました」
そう声をかけられ、ミーアは思わずハッとする。っと、アンヌが新しくシチュー皿をもってきてくれた。
「まぁっ! お替りっ!」
お皿の中は、少々……いや、かなり野菜多めではあったが、ちゃんとシチューが入っていた。
「ああ! お野菜だけでなく、キノコも入っておりますわね。うふふ、素晴らしいシチューですわ」
ミーアは歓声を上げつつ、早速、食べ始める。
「おお、この野菜のボリューム感! それにキノコのコリコリ感がたまりませんわね。このクリームシチューも、やっぱり騎馬王国のミルクが使われているのではないかしら。実に美味ですわ」
ほふほふ言いつつシチューを完食したミーアは、程よい満腹感にお腹をさすってから、改めて気合を入れ直す。
「さて、それでは、頑張りますわよ!」
頬をパンパンっと叩いて! 眠気を吹き飛ばすミーアであった。
……お腹いっぱい食べた午後は、とても眠いものなのだ。