第四十三話 パティ、不安になってしまう……
「……なに、してる……の?」
アンヌに連れられてやって来たパティは、床に這いつくばるようにしているベルと、ベッドの上に立ち、天井をぺちぺち叩いているミーアを見て……なんとも言えない顔をした。
こう……うちの孫と子孫は何をしているんだ……? っと半ば呆れたような顔であったが……次の瞬間、ハッとした顔をして、ワナワナと唇を震わせた。
「まっ、まさか、ミーアお姉さまも……冒険に目覚めたんじゃ……」
「違いますわ!」
あらぬ疑いをかけられそうになったミーアは、思わず抗議の声を上げ……。
「ベル、こちらには抜け穴はなさそうですわ。下はどうかしら?」
ミーアの問いかけに、スチャッと背筋を正して、ベルが言った。
「少なくとも、この部屋にはなさそうです。入口さえ押さえてしまえば、内緒話にも適した場所じゃないかと思います」
「ふむ……」
それから、ミーアははしごを下り……。
「っというわけですわ。パティ。ちょっとこれから、誰にも聞かせられないお話をしなければならないので、盗み聞きされないか、確認していたところですわ」
「……そう。良かった」
パティが、胸に手を当てて、ほーーう、っとふかぁい安堵の息を吐いた。
「ミーアさま、それでは、私は外の見張りをしています」
アンヌの言葉に、ミーアは一つ頷いて、
「ええ、お願いいたしますわ。アンヌにも後でお話ししますわね」
専属メイドは一心同体。情報を共有しておいたほうがいいだろうと判断するミーアである。その信頼が嬉しかったのか、アンヌはちょっぴり微笑んで、それから廊下へと出て行った。
そうして、万全の態勢を整えたうえで、改めてミーアはベルに目を向ける。
「それで、どういうことですの? いったいぜんたい、なにがどうなっておりますの? 最初から説明していただきたいですわ」
ベルは、コクリと生真面目な顔で頷いて……。
「それが、ボクにもなにがなんだかわからないんですけど……。実は先ほど、たまたまルードヴィッヒ先生の日記帳を開いたところ、なんと、この神聖図書館が燃え落ちるとの記述を見つけてしまって……」
「ほう……」
ミーアは、腕組みしつつ、パティのほうに目を向けた。
「ええと、パティは、この日記帳のことを知っていたかしら?」
無言で首を振るパティに、ミーアは手短に説明する。
「未来のことが……」
ぽっかーんと口を開けるパティは、そのまま首を傾げた。
「それなら、毎日見てればいいんじゃ……?」
「そういうわけにもいきませんわ。日記帳の記述に従って行動を変えてしまうと、未来の記述自体も変わってしまうし、影響が大きいのですわ」
ベルがやって来た未来、そこが幸せな世界であったがゆえの難しさがあった。その未来を、壊さないよう、道を踏み外さないように立ち回るのは、なかなかに骨なのだ。
「それで、先ほど日記帳で発見した、ということは、つまり昨日まではなかった、という理解でよろしいかしら……?」
そこで、ミーアは言葉を切って……。
「わたくし、つい先ほど、クラリッサ姫殿下にご挨拶をしてきたところなのですけど……もしや、それがきっかけだったということもあり得てしまうのかしら?」
ちょーっぴり心配になるミーアである。
まったく思い当たる節はないのだが、それでも一応は検証しておく必要があるかもしれない……。っと、少しばかり悲痛な決意をしてしまいそうになるが……。
「え? や、昨日……は、どう……でしょう、ね? 少なくとも三日前まではありませんでした。はい、それは確か……なはず……あれ、三日……だったかな?」
自信なさげなベル……、微妙に、目をキョトキョト動かすベルをジットーと見つめて、
「なるほど、つまり見たのが三日前と……。まぁ、頻繁に情報を見ると、それはそれで未来に悪影響を及ぼす恐れもありますから、なんとも言えませんけど。それでも、ベル、少しばかり危機感が鈍っておりますわよ? 危険はいつ、どこから出現するかわからないのですから」
指を振り振り、小心者の戦略を説きつつも……ミーアは顎に手を当てる。
「しかし、それにしたって……あの方が放火犯だとはとても思えませんけど……」
ミーアのつぶやきを聞いて、パティが首を傾げる。
「当たり前のことだけど、蛇は本心を隠すもの。そう見えないからといって、蛇じゃないということはない。だけど……」
と、そこでパティは眉間に皺を寄せる。
「ミーアお姉さまがそう言うのであれば、そそのかされただけという可能性もあるかもしれない」
「ふぅむ、あるいは、他に動機があった可能性というのもあるかしら……。いずれにせよ、クラリッサお義姉さまのそばで、見張る必要があるかもしれませんわね。ないと思っておりますけれど、蛇である可能性は除外できませんし……」
「……それに……この図書館の中に蛇がいないか、注意する必要があるかもしれない」
「それに関しては警戒しているみたいですし、大丈夫だとは思いますけれど……。いえ、でも、ドルファニアに入ることぐらいはできるのかしら……。巡礼者に紛れて……」
っと、思いかけるも、すぐにミーアは首を振った。
「いえ、やっぱり駄目ですわね、神殿に上るためには、あの小舟で移動しなければならないはず……でも、あの船頭の歌っている歌詞は、神聖典の節ですわ。であれば、蛇にとっては耐え難いものになるのではないかしら?」
それを聞き、パティが不思議そうな顔をしていた。
「ああ、パティの時代にはまだなかったのだったかしら……。蛇の蛇導師は、神聖典の文言を聞くと苦しみ出すという習性があって……」
「……それは、前も聞いたかもしれないけど……。でも……」
パティは……なにやら考え込むように、眉間に皺を寄せた。




