第四十二話 犯人は……
さて、ある程度の方針を定めた後、ミーアは部屋に戻って来た。
「ふむ……ランチまでは少しばかり時間がありますし、少し体を休めておきましょうか。アンヌ、申し訳ありませんけど、時間になったら起こしていただけますかしら?」
なんだかんだで、二段ベッドが気に入ってしまったミーアである。
「はい! お任せください!」
アンヌの気持ちの良い返事にニッコリしつつ、ミーアはひょひょいひょい、っと梯子を登り、横になった。
「ふわぁむ……。やはり、なかなかの寝心地ですわね。この高さ、癖になりそうですわ」
上機嫌に笑うミーアである。月とミーアは高いところが好きなのだ。
そうして、ミーアは目を閉じ……ようとしたところで!
「た、たた、大変です。ミーアお祖母さま!」
突如、ベルが部屋に駆け込んできた!
あくびを噛み殺しながら、ミーアはごろーん、っとベルのほうに体を向ける。その姿、さながら、岩の上で眠る海獣のごとく……。
「ベル、部屋に入る時にはきちんとノックをしなければダメですわよ。それに、そんなふうに声を荒らげて……。まったくもう、淑女にあるまじき態度ですわよ?」
そのように苦言を呈するのは、姫道の開祖たるミーア・ルーナ・ティアムーン姫殿下である。そうなのだ。時折、忘れがちになることではあるのだが……ミーアは淑女なのだ。ごくごくたまぁにヘンテコな声を上げるので、そうは思えないのだが……。
ごろーんっと、ちょっぴりアレな寝返りを打ったりするのだが……間違いなく、淑女なのだ…………ほっ、本当だっ!
ベルは、そんなミーアのほうに目を向けて、あっ! と声を上げた。
「やっぱり上の段に寝てるんですね! ミーアお姉さま! そこ、ワクワクしますよね!」
「そうですわね。まぁ……ワクワクするのはいいですけど……くれぐれも言っておきますけれど、天井を外そうとか、そんなことしたらいけませんわよ?」
まさか、そんなことやってねぇだろうなぁ? っと冗談めかして言うミーアであったが……。
「…………え?」
「え……?」
ベルはぽっかーんっと呆気にとられたような顔をする。それを見てミーアも、唖然とした顔をする。
「あ、あはは。も、もう嫌だなぁ、ミーアお祖母さま! そんなこと、するはずないじゃないですか。もー!」
などと言うベルであるが、ミーアはジトーっとした目で見つめる。
「……やりましたわね?」
「え、あ、ええと……ちょ、ちょっとだけ、押しただけで……。全然、天井が開いたりとかはしなかったです。ホントです!」
必死に弁明するベルを、ひたすら無言で見つめ続けていると……。
「っていうか、こっ、こわぁ! ミーアお祖母さま、どうしてそんなこと、おわかりなんですか?」
「あなたがわかりやすいだけですわ。やれやれ……」
ミーアはベッドの上で頬杖をつきつつ、ベルを見下ろした。
「それで? いったいどうしましたの? そんなに慌てて。淑女はもっとおしとやかに、落ちついていなければなりませんわ。あなたは、帝国皇女なのですから」
などと、指を振り振り、ミーアがお説教を始めようとしたところで、ベルが、あー! っと声を上げた。
「そ、そうでした。それどころじゃないんです。大変なんです。実は、さっきルードヴィッヒ先生の日記帳を呼んでいたんですが……こっ、この神聖図書館が……火事で燃え落ちるって!」
「…………はぇ?」
思わぬ事態に、ミーアは口をぽっかーんと開ける。
「ど、どどど、どういうことですの? それは、いったい!?」
前言を覆し、はしたなくも声を荒げるミーアに、ベルは取り出したルードヴィッヒの日記を開いてみせた。
「こっ、ここなんですけど、神聖図書館が放火によって燃え落ちるって!」
ベルの言葉に、ミーアはシュシュっと辺りに視線を巡らせる。それから、
「ベル、少し声を落として。それとアンヌ、廊下に誰かいないか、確認してくださいまし」
「わっ、わかりました!」
アンヌがドアから出て……。
「誰もいません」
「そう……」
ミーアは刹那の黙考……その後……、
「申し訳ありませんけど、パティを呼んできてもらえるかしら?」
判断は非常に早かった。
さすがに、このような事態を自分とベル、アンヌだけでどうにかできるはずもない。今回、ルードヴィッヒが同行していないのが悔やまれるが、愚痴ってもいられない。
とりあえず、自身の周りにいる知恵者を集めることにするミーアである。
筆頭知者たるパティの召喚は当然として、あとは……。
「ベル、リーナさんに、このことは?」
「いえ、まだどこまで話して良いのかわからなかったので……」
「なるほど……。それもそうですわね。しかし、リーナさんとディオンさんには、伝え方は考えるにしろ、教えておいたほうが良さそうですわ。あとはアベルとラフィーナさまにも、情報を共有しておいたほうが良さそうですけど……。ううぬ……ハンネス大叔父さまとユバータ司教には……」
「あっ! そうでした。火事で、ユバータ司教もお亡くなりになります!」
「なっ!」
ミーア、驚愕のあまり、目を見開いた。
「それと、犯人はクラリッサ姫殿下みたいです」
「んなっ!!??」
ミーア、ぽっかーんと口を開き……。
「あっ、アンヌ! ともかくパティを! それと、すぐにリーナさんたちにも話さなければなりませんわ!」
それから、ミーアはおもむろにベッドの上に立ち上がり……天井を押した!
「なっ! み、ミーアお祖母さま?」
「ベル! 念のために、この部屋に抜け穴などないか、確認しますわよ。盗み聞きでもされては大変ですわ!」
「わかりました! 任せてください!」
ベルが、すちゃっと姿勢を正した!