第四十一話 オウラニア、ミーアから姫の振る舞いを学ぶ……自発的に
オウラニアはジッとミーアを観察していた。
どうやら、パライナ祭での発表の仕方について、すでに考えがあるらしいぞ? と、その一挙手一投足に注目していた。
――でもー、インパクトとしてはやっぱり弱いんじゃないかしらー。なにしろ、まだなんの成果も出せていないんだしー。
そんなふうに考えていたオウラニアに、ミーアはあっさりとつぶやく。
「スケールで押すのがよろしいかしら……」
――スケール感で、押すー?
しばし、黙考……その後、オウラニアは思わず声を上げそうになった。
――ああ! そういうことかー!
それから、改めて、ミーアに尊敬のまなざしを向ける。
――これが、ミーア師匠のやり方かー。やっぱり勉強になるなー。
それは、まさに、王族の在り方と呼べるようなものだったからだ。
――三つの海産物研究所を同時に発表することで、ミーア師匠やラフィーナさまが本気だということを、その姿勢を見せるわけねー。ミーア師匠たちのやる気を表明しようということかー。
どちらかというと釣り人寄りであるオウラニアは、釣果をもってアピールすることにどうしても頭がいってしまっていた。
研究所の出した成果を大々的に示すことを一番に考えてしまっていた。それが手っ取り早いし、確実だからだ。
その釣り場に人を集めようと思った場合、手っ取り早いのは、自分でたくさん釣って、この場所は連れますよ、と示すことだ。そこでの労働が実を結ぶ物であると成果をもって示すことだ。
けれどミーアの考え方は違っていた。
ミーアは、皇女である自分が、人々のために魚を釣ろうとしている姿を見せ、この場所で絶対に釣ってやるんだという心意気を見せることで、周囲の人間を動かそうとするのだ。
「あのミーア姫殿下が、頑張って釣りをなさっているのだから、自分も……」
っと、民を奮い立たそうとしているのだ。
それが、民の上に立つ者のやり方であると、言わんばかりに。
飢饉の備えに力を入れるということを、海産物研究所を三つも建てるという、スケール感で示そうとしているのだ。
――思えば、帝国貧民地区に病院を建てた時もそうだったって聞いたっけー。
ミーアは『実質的な資金』ではなく『姫としての振る舞い』でもって、貴族たちからお金を引き出した。それこそが、貴き身分の使い方であると示すかのように。
――そうかー。私、王族の戦い方がわかってなかったみたいだわー。王女としての振る舞いが、わかってなかったんだー。
これまで、父からなんの期待も持たれなかったオウラニアは、自身の姿を見せることで、人々を動かすことには、まだ不慣れだった。
王女とは民の上に立ち、生き方を見せ、範を示すことで、民を、家臣を巻き込んでいくものなのだ。
――これがミーア師匠の姫道……。なるほど、すごく勉強になるわー。みなに、きちんと姿勢を見せることが時に必要になるのねー。それならー。
感心した様子で頷いて、それから、オウラニアは口を開いた。
「ミーア師匠―、しばらくの間なのですがー、ヤナとキリルを借りて行ってもよろしいですかー?」
「はて……どういうことですの?」
オウラニアからのお願いに、ミーアは目をパチクリさせる。
「実はー、ヴァイサリアン族の受け入れのことで、中央正教会から呼び出しを受けてしまってー」
「ああ、なるほど……」
ガヌドス港湾国の成していた隔離政策は、当然のごとく、ヴェールガの知るところとなっている。オウラニアは、その非道を正す改革者という立場として、報告の義務を負っていた。
「それはよろしいですわね」
ヤナとキリルは、まだ子どもだ。だから、話し合いに連れて行ったところで、あまり意味はないかもしれない。けれど、ヴァイサリアン族に対して隔離政策を行っていたガヌドス港湾国の姫と、隔離される側であったヴァイサリアンの子どもが、仲良く並んで歩くのを見せるのは、意味があるだろう。
政治上の演出というやつである。
それから、ミーアは静かに、ヴァイサリアンの姉弟に目を向けた。
「ヤナ、キリル、オウラニアさんのこと、よろしくお願いいたしますわね」
ミーアの言葉に、キリルは嬉しそうに、ヤナは少しだけ緊張した顔で、それぞれに頷いた。
「それでは、海産物研究所のほうは、とりあえず、オウラニアさんたちに任せるとして。わたくしは、レムノ王国のクラリッサお……うじょ殿下のお手伝いをしようと思っておりますわ」
ミーアの言葉を聞いて、アベルが少しだけ心配そうな顔をする。
「自分でお願いしておいてなんだけど、あまり無理はしないでくれ。あくまでも姉上のことは、レムノ王国の問題だし。軽く相談に乗る……いや、仲良くしてもらえるだけでも構わないんだ」
「なにを言っておりますの。レムノ王国の出し物を手伝うことは、パライナ祭を成功させるためでもありますし……」
ミーアとしては、ぜひとも、この機会にクラリッサと仲良くしておきたいところである。
――アベルは、実家と仲がこじれる、みたいな話も、そういえば以前に見かけましたし……。そんなことになれば、アベルが不幸になってしまいますわ。クラリッサお義姉さまと仲良くしておけば、援護していただけるかもしれませんし……。
ふん、っと鼻息荒く気合を入れるミーアである。
「ということで、わたくしはお手伝いできないのですけど、もう一つ、わたくしたちがしなければならないことがございますわ。言うまでもなく、水土の薬の解明をすることですわ」
ハンネスの病を癒す治療薬の発見は、パティが蛇から解放されるために絶対に必要なものだ。なんとか、その足掛かりを掴みたいところである。
「目下のところ、手掛かりは古代ヴァイサリアン族。ということで、彼らのルーツを調べていきたいと思っているのですけど……」
っと、そこで目を向ければ、ハンネスが姿勢を正して頷いた。
「とりあえず、例の海獣写本について、こちらの司書神官の方々と意見交換の場を持ちたいと思っています。また、例の子守歌、あの歌詞について、少し言語学的な観点から検証をしようと考えています」
「なるほど。ユバータ司教によると、第五資料管理室というところにいけば、大陸の歴史に関する資料がまとまっているみたいですわ。ヴァイサリアン族について、手掛かりがつかめるかもしれませんわ。言語の研究などに関してはどうなのかわかりませんけど……」
「各国の言語を研究しているのは、第三資料管理室ね。後で案内するよう、司書神官に言っておきましょう」
ラフィーナが涼やかな笑みを浮かべて言った。
「感謝いたしますわ、ラフィーナさま」
それから、ミーアは、ふむ……と唸った。
「それと海獣写本については、例の第六資料管理室で行うのかしら? 地を這うモノの書に関連する資料を集めているということでしたけど……」
「ユバータ司教からは、そのように聞いています」
頷くハンネスに、ミーアは、ちょっぴり悪い顔をする。
「とすると……もしや、そこに収められている地を這うモノの書の資料にも目を通すことができるのかしら?」
ヴァイサリアンのルーツを調べるだけでなく、地を這うモノの書からも水土の薬のヒントを得られないかと考えるミーアである。
一つの道が行き詰っても良いように、別のルートを用意しておくのが、ミーアのやり方だ。
例えば、革命軍から逃げる際、想定していたルートにディオンがいたとたら、どうするか? 突破するのか?
否、そんなことはあり得ない!
そんな時のために、ルートはいつも複数用意しておく。それこそがミーアの生存戦略なのだ。パンがなければケーキ、ケーキもなければ肉、肉もなければ魚、果物、そして最後の手段であるキノコ……。最後じゃなくても食べたいキノコ。
それこそが、大事にしていきたいミーアのスタンスなのである。
「けれど、あのジーナ室長は、あまり、わたくしに良い印象をお持ちでないご様子でしたし。少し難しいかしら?」
ミーアの問いかけに、ラフィーナは、一瞬、黙り、それから祈りを捧げるように瞳を閉じて……。
「ミーアさんが必要と考えるのならば、それは許可されるべきだと私は思うわ。蛇と戦うためには、当然、彼らの知識も知っておいたほうがいいでしょうし。だから、ユバータ司教にも進言するし……そうね。私もクラウジウス卿に同行するのが良いかもしれないわね」
「まぁ! そこまでしていただかなくとも……」
驚きの声を上げるミーアに、ラフィーナは優しい笑みを浮かべて、
「構わないわ。必要なことだし。でも、一応の情報交換も必要だと思うの」
っと、そこでラフィーナは小さく咳払い。
「だから、その……夜に、みんなで一つの部屋に集まって情報交換をするというのはいかがかしら? いちいち、こういった部屋を借りるのも面倒が多いし……」
「まぁ、それは楽しそうですわね。ふふふ、パジャマパーティーみたいですわ」
ミーアの言葉を聞いて、まぁ、ミーアさんったら……。なぁんて上品な笑みを浮かべて流そうとするラフィーナだったが……。
「おお、良かったな。ラフィーナ嬢ちゃん。ミーアの嬢ちゃんと、パジャマパーティーしたいって言ってたもんなぁ」
話を聞いていた林馬龍は、豪快な笑みを浮かべて言った。
「なっ……! ぁっ!」
口をパクパクさせるラフィーナ。けれど、言い訳を始める前に、ベルが手を上げた。
「ミーアお姉さま、僭越ながら、ボクはこの図書館にまつわるふかぁい謎を解くためにですね……」
「ベルはハンネスさんの調べ物のお手伝いをすること。よろしいですわね?」
「あ、はい……」
しょぼーん、と肩を落とすベルであった。