第三十八話 とう……ぶんをの……ぞく?
「奇妙なことですわ……」
ミーアのつぶやきに、ラフィーナはハッとした。
それが、思ってもみない言葉だったからだ。
――奇妙というのは、どういうことかしら……?
ラフィーナは、ミーアの怒りには同意できた。
「脅すなど、無意味なこと」
武器を突きつけ、脅すことの不毛さに怒りを感じるのは、ラフィーナにとって当たり前のことだった。
それは、なんと不毛なことだろう……。罪を重ねて得られるものなど何もないのに。誰かを脅しつけ、殴りつけて奪った対価が、その者の手にある時間など一瞬のこと。
罪によって得た富は、死んでしまえば、その者のもとには残らない。されど、その罪は永劫残り続け、必ず裁きと報いがある。
ミーアが時折、口にする通りである。蒔いた種の刈り取りは必ず自分でしなければならないのだ。
ゆえに武器を突きつけ、他国を威圧して優位に立とうとする姿勢も、無意味なことであると、ラフィーナは考える。そんなことをすれば、必ず神の報いがあるのだ、と。
道徳的な観点から、ラフィーナは、そう考えていた。
けれど、ミーアの次のつぶやき……奇妙なこと、というのは、どういう意味か?
――ミーアさんが言うのだから、その言葉には必ず深い意味があるはず……。じゃあ、いったい、どういうことなのかしら……?
ラフィーナは、そこで思い出す。先ほどミーアが、一瞬、アベルのほうに視線を向けたことを……。その後、ハッとした顔をして、すぐに表情を引き締めたことを……。
あの意味は……。
――ああ、なるほど、考えてみると、確かにこれは奇妙な話だわ。パライナ祭で武器を披露するだなんて……。
ラフィーナはすぐにミーアと同じ(……と彼女が考える)結論に辿り着いた。
恐らくミーアは、先ほどアベルを見た瞬間に切り替えたのだ。道徳的な観点から、軍事的な観点に。
道徳的観点から見れば、そのような脅しは不毛なことであるが、軍事的な観点から見ると、いささか奇妙である、と。
――レムノ王国が、仮に、許されぬ野心を抱いているのなら、わざわざ披露する必要はない。自身の力を誇示すれば、他国もそれに対応した軍備を整えてしまうのだから。
仮に、レムノ王国が完全な大義名分を整えて、他国に攻め入り、領土を奪おうと考えているのなら、強力な騎馬隊を披露するのは無意味どころか、完全な悪手である。
他国がそれに合わせて軍拡を進めてしまえば、なんの意味もないからだ。
かといって他国に対する牽制、すなわち、自国へと攻め込まぬように脅しをかけたにしても奇妙な話だ。なぜなら、レムノ王国に攻め込もうという国が、そもそもないからだ。
――当時のレムノ王国は、どこかの国と関係を悪化させていたということはなかった。騎馬王国との関係も悪くはなかったし、なにより、レムノ王国に攻め込む大義名分を持つ国がなかった。奇妙なことだわ……。
っと、その時だった! ミーアが、なにやらつぶやくのが聞こえて……。
「とう……ぞく?」
極めて深刻そうな顔で、ぶつぶつつぶやいているミーア。それを聞いて、ラフィーナもハッとする。
――盗賊対策の装備としては、なるほど、有効なのかしら……。
賊というのは、どこの国にも存在する。
それらを討伐し、治安を維持するのは王の仕事だ。ゆえに、賊との戦いに良い道具があるならば、その情報を共有するというのは、パライナ祭の主旨に合致するかもしれないが……。
――騎馬隊の馬につける金属製の防具……盗賊団を威圧して降伏させる意味はあるのかもしれないわ。でも……。
ラフィーナはミーアの顔を見る。どこかスッキリしない顔をしているミーア。
――ミーアさんは、レムノ王国の在りように、なにか、引っかかるものを感じているみたいだわ。
それから、ラフィーナはクラリッサのほうを見て……。
「クラリッサ王女、ちなみに、それより前のパライナ祭は、どんな様子だったのかしら? レムノ王国では伝統的に、このような、軍事色の強い物を出しているの?」
「いえ、そうでもありません。その前は、農機具の一部に金属を使った物を出しているみたいで……」
「……つまり、急に軍事的な出し物をするように変わったということね」
難しい顔でつぶやくラフィーナであった。
さて……ちなみに、荒嵐の奇妙さに首をひねっていたミーアが、その後、どんなことを考えていたかと言うと……。
――ふぅむ、まぁ、荒嵐と運動に勤しむのはもちろんですけれど、ガヌドスから持ち込んだ食料にも限りがございますわ。海の幸による相殺が狙えないとなると、しばらくは糖分を除いた食料で満足する必要があるかしら……。糖分を除く……。
「とう……ぶんをの……ぞく?」
ショックのあまり、思わず、途切れ途切れにつぶやいてしまう。
――除く、まではいかずとも良いかもしれませんわね。うん、控えめぐらいで。そう、レモンパイもちょっぴり控えめに、ジャムも多少は控えめに……そうですわ。一口分、控えることからスタートさせていくのが良いのではないかしら?
アンヌに相談してみよう、と心に決めるミーアであった。