第百二十六話 再会と決闘と……
「反乱分子からは、まだ何も言ってこないのか?」
馬の立ち並ぶ中、アベルの隣で騎乗する補佐を任された長身の男が鋭い声を上げる。
豊かな口ひげと鷹のように鋭い目が特徴的な、男の名はベルナルド・ヴァージル。
レムノ王国即応軍、第二騎士団の団長を務める、剛鉄槍の二つ名を持ったレムノ王国有数の戦士である。
木の先端に金属製の穂先を付けた通常の槍とは異なり、そのすべてを一本の鋼の棒から作り出した錬鉄の槍、普通の人間には重すぎるその槍を軽々と扱うことから、ついたあだ名が≪剛鉄槍≫。
金剛歩兵団とは違い、数多の盗賊団を壊滅させ、隣国との戦闘にもことごとく勝利し、その都度武勲を上げてきた正真正銘の熟練騎士である。
――実際的な指揮はベルナルドがとり、随伴したボクの初陣を飾らせようということか……。
アベルなどは、そう判断していたのだが……、
「王子、いかがなさいますか? これ以上、時を与える必要はないかと考えますが……。幸い、セニアは城壁も低く、反乱分子どもが築いたバリケードも貧弱です。突破は難しくないでしょう」
ベルナルドは、きちんとその都度、アベルに指示を求めた。
惰弱なる第二王子を軽視する者が多い中で、きちんとアベルの考えを尊重するその姿勢は臣の礼としては完ぺきではあったが、アベルにとっては重たいものだった。
自分自身の判断で、民への弾圧を進めなければならないからだ。
「王子としての務め……か」
小さく口の中でつぶやいてから、アベルは視線を上げた。
「捨て置くには面倒な場所だ。兵の士気を上げるためにも、ここは一思いに……」
「報告! 町に動きあり」
慌てて駆け込んできた兵士の声で、一気に緊張が高まる。
「なんだ? 使者でも送ってきたか?」
ベルナルドの鋭い問いに、その若い兵士は困惑顔で答えた。
「いえ、それが……、子どもが二人やってきて……。アベル王子殿下との会見を求めています」
「愚かな。反乱分子風情が、アベル殿下と目通りがかなうはずがなかろうに……。しかし、子どもというのは?」
「そ、それがその……、ただの子どもではなく、アベル殿下のご学友を名乗っておりまして……」
「学友……? いったい……」
「失礼する」
伝令の兵を押しのけるようにして、一人の少年が現れた。
凛とした立ち居振る舞い、他を圧倒する絶対的な王者の雰囲気に、気圧されたように兵士たちが道を開けていた。
「シオン・ソール・サンクランド、なぜ君がここに? いや、待て……。ということは、まさか……」
アベルは驚愕に瞳を見開いた。シオンのすぐ後ろに、彼女の姿が見えたから……。
「ミーア姫……」
「お久しぶりですわ、アベル王子」
日の光を受けて、月光のように輝く白金色の髪、深く知性の輝きを宿した美しい瞳と、つやつやとした肌……。あの日、あのダンスパーティーの夜と変わらぬ美しいきらめきをまとって、ミーア・ルーナ・ティアムーンは、アベル・レムノの前に現れた。
「ボクに会いに来てくれたのだったら、嬉しいのだが……」
「あら? それ以外には、ないのではなくて?」
ミーアはきょとん、と首を傾げて見せる。けれど、アベルにはよくわかっていた。
もちろん、自分に会いに来てくれたというのは、そうなのかもしれないが……、それ以上に、きっと彼女は、この愚かな争いをおさめに来たのだ。
帝国の叡智、ミーア姫が自分のためだけに会いに来てくれるとは、さすがにアベルには思えなかった。
――たぶん、ミーア姫は、ボクの味方はしてくれないだろうな……。それでも、ボクは……。
一瞬の動揺の後、アベルは覚悟を決めるように息を吐くと、
「シオン王子、君はどうかな? まさか、君までミーア姫と同じように、ボクに会いに来てくれた、というわけではないのだろう?」
「ああ、そうだな。今回、俺は、ミーア姫の護衛だけするつもりだったのだが……、ここに至っては、黙っていられなくなってな」
シオンは、腰に下げた剣の柄に軽く触れ……、
「少しばかり予想よりは早かったが……、夏前の再戦の約束、果たさせてもらうとしようか」
アベルは、一瞬、虚を突かれたかのように、きょとんとしたが……、
「それは、つまり……、ボクに決闘を申し込んでいるということかい?」
「お前が剣を抜かぬまま、王都に戻るというのならば、冬の剣術大会まで待ってもいいのだがな」
肩をすくめるシオンに、アベルが答えようとした瞬間、傍らに控えていたベルナルドが足を踏み出した。
「聞く必要はございません。アベル殿下、一軍を率いる王子自らが一騎打ちなど……」
「控えよ、ベルナルド。大国の第一王子が、自らの信じる正義のために、命をかけた決闘を挑んできているのだ。申し出を断われば、兵たちの士気にかかわるだろう」
アベルはその諫言を一蹴する。
それから、ちらりとミーアの方に視線を向けて、かすかに苦笑を浮かべる。
――それに、彼女の目の前では引くわけにはいかないから、か。我ながら……。
小さく息を吐き、アベルは言った。
「わかった。シオン王子、その決闘の申し出を受けよう」