表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1288/1477

第三十六話 一味違うのである!

 さて、第六資料管理室長、ジーナ・イーダとの邂逅を終えて、ミーアたちは神聖図書館の資料閲覧室へと向かった。クラリッサとアベルは、現在、そこで資料調べをしているらしい。

 重厚な木製の扉を開けると、広い室内が目の前に広がる。光の溢れる廊下と比べ、少しばかり薄暗かった。四人掛けのテーブルが十数個並べられた室内には、古い本特有のかすかなかび臭さが漂っていた。

「なんだか、新しい本との出会いがありそうで、ワクワクしてしまいますわ」

「ふふふ、ミーアさんは本が好きですものね。この前、お勧めしてもらった本もとても楽しかったわ」

 などと華やかな会話をしつつ、ミーアは辺りに視線を巡らせる。っと……目当ての人物は、端の席に座り、本を読んでいた。

 また少し大きくなったように見える背中に、ミーアはそーっと歩み寄り……っと、気配を感じたのか、アベルがサッと振り返る。その拍子に黒い髪がサラリと揺れた。凛々しい瞳がミーアを見た瞬間、嬉しそうに笑みの形をとる。

 視線と視線が交錯した刹那、ミーアの胸がトックゥンッと高鳴った。

 ……乙女なのだ。本当に、ミーアは乙女なのだ! 

 ミーアが帝国の叡智だとか、天が遣わした知恵の女神だとか、海月かキノコの化身なんじゃないか! とかは信じなくても、これだけは信じてもらいたいことなのだ! 

 乙女なのだ! ミーアは!

 ぽぉっと、ほのかに頬を赤らめつつも、すぐにハッと正気を取り戻し、それからミーアはニッコリ笑みを浮かべた。

「ご機嫌よう、アベル。おひさしぶりですわね」

 と言いつつも、いささか緊張を隠せないミーアである。どうしても昨日の山盛りのジャム(ざいあくかん)の塊が、脳裏を過るのだ。

 そんなミーアに、アベルは優しげな笑みを向ける。

「やあ、ミーア。ずいぶんとひさしぶりになったが、元気そうでなによりだ」

 それから、ちょっぴり悪戯っぽい笑みを浮かべて……。

「しばらく会わないうちに、また美しくなったのではないかな?」

 まるで、ミーアの心の不安を読み取ったかのような、そんな軽口を叩いた!

「まっ、まぁ、アベル。しばらく会わない間にずいぶんと口が上手くなりましたわね! そんなこと、会う女の子みんなに言っているのかしら?」

「どうだろうな……。少なくとも、本気でそう思った時以外には言わないようにしているが」

「まっ!」

 などと……実に、こう……タチアナ式運動療法必須な感じの、甘ったるーいトークを繰り広げた後、ミーアはふと、彼の隣にいる女性に目を留めた。

 目が合うと、すぅっと、目を逸らされてしまった。

 長く艶やかな髪、その色はアベルと同じ、漆黒だった。その顔立ちは、かつて蛇の廃城で見たヴァレンティナにも似て、迫力のある美しさを誇っていたが……唯一、その瞳は、眼鏡の奥で、おどおどと、どこか落ち着きがないようにも見える。

 ――ふむ、これがクラリッサ王女殿下。ヴァレンティナお義姉さまとは、ずいぶんと雰囲気が違いますわね。

 少々、意外に感じるミーアである。

 なにしろ、ミーアの知るレムノ王家の人間と言えば、アベルのほかには、ヴァレンティナとゲインだ。

 なんというか、押しが強いというか、インパクトが強いというか……。

 ヴァレンティナの、世界中の何にもおもねる必要なし、と言った超然とした態度とも、ゲインの傲慢さに溢れる雰囲気とも、目の前の女性は違っていた。

 強いて言うならば、出会った間際のアベルを思わせる態度に近いようにも感じるが……。

 ――いずれにせよ、ここは、落ち付いて話せるよう、ゆっくりと、穏やかに話しかけるのが肝要ですわね。

 なにしろ、相手は味方につけるべき人物。将来の義姉である。できるだけ友好的な関係を築くに越したことはない、と、ミーアはここぞとばかりに愛想よく笑みを浮かべて、

「お初にお目にかかりますわ。クラリッサ王女殿下。わたくしは、ティアムーン帝国皇女、ミーア・ルーナ・ティアムーンと申します。弟君のアベル王子とは、大変、仲良くさせていただいておりますわ」

 スカートの裾をちょこんと持ち上げ、深々と頭を下げて……できうる限りの礼を尽くしておく。っと、相手は慌てた様子で立ち上がる。

「あ、は、はじめまして……。ミーア皇女殿下。レムノ王国第二王女、クラリッサ・レムノと申します」

 おどおどとぎこちなく、クラリッサは礼を返した。

 それから、自信なさげに視線を彷徨わせる。

「はじめまして、クラリッサ王女殿下。ラフィーナ・オルカ・ヴェールガと申します」

 ミーアに続き、ラフィーナの自己紹介があり、クラリッサはさらに落ち着きを失ったようだった。

 大帝国であるティアムーンとヴェールガの聖女の挨拶を、ほぼ同時に受けたのだ。緊張するなと言うのが、無理な話かもしれないが……。

 惑いに惑った視線が、助けを求めるように向かったのは弟、アベルのほうだった。

 アベルは、姉に小さく頷いてみせてから、

「実は、姉上は、パライナ祭にレムノ王国の代表として参加する予定なんだ。けれど、なにぶん国を出たことがなくてね。あまり、他国の人とも交流がないんだ。こうして、幸運にもここで会えたことだし、ぜひ、仲良くしてもらえると嬉しいんだが……」

「あら。もちろんですわ。ふふふ、せっかくお会いできたのですから、ここにいる間に、ぜひとも仲を深めさせていただけたら、わたくしも嬉しいですわ」

 ミーア、ここぞとばかりに、己が内に貯蔵されている愛嬌を絞り出すように振りまいて……。

「よろしくお願いいたしますわね、クラリッサお……うじょ殿下」

 ミーアの中、乙女心と常識とがぶつかり合い、この時ばかりは勝利したのは、常識のほうだった。

 ベルとは、一味違うのである! 年季が……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ミーアとクラリッサの出会い!思えば今までレムノ家のみんなとはこんな平和に互いを自己紹介をしあえる状況で出会ったの初めてです! 「お初にお目にかかりますわ。レムノ王国の第一王子殿。わたくしはティアムーン…
感想を書いたつもりだったのですが送信されていなかったので再び。 >>ヴァレンティナの、世界中の何にもおもねる必要なし、と言った超然とした態度とも、 ゲインの傲慢さに溢れる雰囲気とも、目の前の女性は違…
>乙女なのだ! ミーアさま、乙女は心の中であっても「やっべー!」とか「あっぶねええ!」などのような野太く品の無い声は出さないものでございますよ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ