第三十二話 いざ、神聖図書館へ!
さて、ミーアたち一行はヴェールガ公爵邸で一泊した後、神聖図書館へと移動した。
ちなみに、ラフィーナと馬龍、さらに荒嵐も同行することになった……。
「神聖図書館の司書神官たちは、学者だから、もしかしたら、ミーアさんたちが欲しい資料を出し渋りするかもしれないわ」
などと、ラフィーナが、しかつめらしい顔で言い出したためだ。
「え? ですけど、ユバータ司教のご許可をいただいておりますし……」
困惑した顔で答えるミーアに、ゆっくりと首を振り、
「いえ、ユバータ館長も言いづらい方というのは、いると思うわ。専門家は頑固者が多いし、それに、よそ者を嫌う傾向にもあって少し心配なの」
そうして、ラフィーナは厳かな口調で言った。
「だから、私も図書館に泊まりこもうと思うわ」
「え……ですけど、ラフィーナさまもお忙しいのでは?」
「大丈夫よ、ミーアさん。『地を這うモノの書』の新たな写本も見つかったというし、ミーアさんたちの調べ物も気になるわ。私が図書館に泊まりこむ理由は十分よ」
力説するラフィーナである。
なんというか、こう……楽しかったのだ。お泊り会が……!
まるで、セントノエル時代の、聖夜祭の夜のように。
ミーアたちと、一つの部屋でパジャマでワイワイするのが……。
すごく、すっごぅく! 楽しかったのだ! 肖像画のモデルを務めたことも含めて。
……その前の夕食会のアレやコレを忘れてしまうほどに!
ということで、ラフィーナはお替りを所望したのだ。
すっかりミーアじみてきてしまったのだ。
そんなラフィーナに、ミーアは不思議そうな顔をしつつも……。
「まぁ、ラフィーナさまがよろしいのであれば、ついてきていただけたほうが心強いですけど……」
っということで、聖女ラフィーナの案内で、ミーアたち一行は神聖図書館を訪れた。
公都ドルファニアの中心地、否、大陸各国に敷かれた巡礼街道のすべてが繋がる場所、大神殿。その白い建物に併設されるようにして、神聖図書館が建っていた。
石造りのその建物は、神殿に負けないほど立派な建物だった。
巨大な円形の建物、その天井はドーム状になっており、そのてっぺんには、公爵邸にあったのと同じ、魚のシンボルが掲げられている。
入口にて客人を迎える、二本の太い柱には、神聖典に書かれたエピソードにまつわる像が彫り込まれていた。
「これは、ヴェールガの始祖、漁師のデルピス……かしら?」
「ええ、そうよ。こっちは、そのデルピスに神の御言葉を告げた銀の御使いアルゲントゥエル。契約の地に神の国を築けという命令を受けて、神聖デルピスがヴェールガ公国を作った」
っと、ラフィーナの解説を聞いていると、図書館の中から人が出てくるのが見えた。
「ようこそ、いらっしゃいました。ミーア姫殿下。ご無事のご到着を、心よりお喜びいたします」
中心に立っていたのは、すっかり顔馴染みとなったニコラス・ダ=モポーカ・ユバータ司教だった。
以前と変わることのない穏やかな笑みを浮かべた彼は、ミーアに深々と頭を下げる。
「先日は、聖ミーア学園でお世話になりました。大変、刺激的で、喜ばしい時を過ごすことができました。そのお礼と言うのもどうかと思うのですが、どうぞ、神聖図書館にて、有意義なお時間を過ごされますように」
それから、ユバータ司教はラフィーナのほうに目を向けて、おや? と首を傾げる。
「ラフィーナさまも、ご一緒でしたか……」
その問いかけに、ラフィーナは涼やかな笑みを浮かべて……。
「ええ……。新しく発見されたという海獣写本の解析が気になったものですから。それに、ガヌドス港湾国の海産物研究所のことを、こちらのオウラニア姫殿下を交えて話したくもあったし……。なにより、パライナ祭については一大行事。セントノエルが主導するとしても、私も無関係ではいられないでしょう?」
さながら、かつての肖像画のごとく……理論の鎧で完全武装した今のラフィーナは、討論の戦乙女として、正論の剣を優雅に振るう。
「なるほど……おや? ラフィーナさまも図書館にお泊りになられるのですか?」
チラリ、とラフィーナの従者、モニカの持ってきた荷物に目をやるユバータ司教。
「ええ……。いちいち帰るのも面倒だし、夜を徹しての議論になることもあるかもしれないと思ったので……」
その言葉を受け、ユバータ司教と共に迎えに出てきていた司書神官が、感動の表情を浮かべる。
「さすがは、聖女ラフィーナさま」
「ご自身のお体を犠牲にしてまでも、公務のためにお働きになられるなんて……」
その言葉に、うぐっと……なにやら、胸を押さえつつも、ラフィーナは言った。
「いえ、決してそのような立派なものではないのだけど……。ともかく、申し訳ないのだけど、部屋を用意していただけるかしら……? もしも、部屋がないようだったら、ミーアさんたちか、どなたかと同じ部屋でも構わないのだけど……」
「そのようなわけにはまいりません。幸いにも部屋はたくさんございますので、どうぞ、お使いください」
ユバータ司教の隣の、司書神官の青年に言われ、なぜだか、ちょっぴり残念そうな顔をするラフィーナであった。
「ああ、ところで、ミーア姫殿下、レムノ王国のアベル王子殿下もいらっしゃっていますよ」
ふと、思い出したといった様子でユバータ司教が言った。
「あら? アベルも来ておりますの?」
パァッと顔を輝かせるミーアに、ユバータ司教は深々と頷き、
「今度のパライナ祭にレムノ王国の代表としてクラリッサ王女殿下がご参加されるとのことで……。その準備のために、神聖図書館を使いたいとのことでした」
「まぁ……! お義姉さままでっ!」
未来の義姉の名を聞いて、キリリッと背筋を伸ばすミーアであった。