第二十九話 ミーア姫、ついに獅子の心を理解した……した?
「素晴らしいお茶菓子……素晴らしい紅茶……。ああ、とても美味……」
うっとりしつつ、パクパク、ごくごく、パクパクパク、ごくごくごく! っとしていたミーアであるが、ほどなくして……。
――ふぅむ、ちょっぴりジャムを入れ過ぎたかしら……。
口の中があまぁくなってしまった。さて、どうしようか、と思っていると……。
「ふっふっふー、ミーア師匠―、そろそろ、したくなってきたのではないかしらー?」
オウラニアがにゅっと顔を出してきた。
「はて? なんのことですの、オウラニアさん」
「そんなの決まってるじゃないですかー」
得意げに笑みを浮かべて、オウラニアは指を振り振り、
「味変ですよー。口の中が甘くなってきた時には、しょっぱいものが食べたくなるじゃないですかー」
「ああ、なるほど、確かに、それは世の真理というものですわ」
ミーアは弟子の言い分の正しさを認める。口の中が甘くなれば塩辛いものが食べたくなる。これほど確かな真理は、そうは見当たらない。
「実はー、甘いお紅茶には干物が合うんですよー」
「ほう! その可能性は、まったく考えておりませんでしたわね。悔しいですわ。ちなみに、このお紅茶に合うのはなんの干物かしら?」
「そうですねー。なんでも合うと思いますけど……ここは姫君繋がりで、女王烏賊の干物か、あるいは、ヴェールガ公国繋がりで、プリポヤの干物とかでしょうか」
「ふむ、女王烏賊は食したことがございますけど、プリポヤは聞いたことがございませんわね。どんなものかしら?」
「プリースト=ポヤァの略ですね。修行中の神官も、ついつい手を出したくなるほど美味しいって言われています。見た目はポヤァの親玉みたいな、ちょっぴりグロテスクな感じなんですけど、そのアラがとても美味しくってー」
「ほほう! それは興味深いですわ。今度ぜひ食して……」
なぁんて、珍味談議で盛り上がる二人に、ラフィーナが咳払い。
「ミーアさん……。食に興味を持つのは良いけれど……心のすべてをそこに向けてしまうのは良くないわ。罪になってしまう」
きっぱりと言った! そうして、ラフィーナは胸に手を当てた。
「飽食は大罪。飽食を司ると言われている悪魔は、三大悪魔と呼ばれていてとても危険なものなの。だから、心を奪われないように注意しなければいけないわ」
諭すように言って、キッとミーアに視線を向ける。その瞳の中、切実そうな色を見て、ミーアはハッとする。
――確かに……迂闊でしたわ。わたくしとしたことが……。ラフィーナさまの前で、神聖典で咎められているような罪を犯しかけるだなんて!
静かに息を吐き、ミーアは口を開いた。
「そう……ですわね。わたくしとしたことが……。確かに、美食を極めんとすれば、民の血税を無駄に使うことになるやもしれませんわ。危ないところを指摘していただき、感謝いたしますわ」
そんなふうに殊勝な態度で頭を下げると、なぜだろう……ラフィーナは、なにやら、苦しそうな、気まずそうな、罪悪感に懊悩とするような……なんとも言えない顔でキュッと胸元を押さえ……。
「わっ、わかってもらえればいいのよ。そんな、頭なんて下げないで……ミーアさんがそんなことしないって私は知っているし……。だから、その、そんなふうにしてほしいわけじゃなくって、ただ……その、ね。え、ええと……う、ううん……」
もにょもにょ言いつつ、なにやら慌てているラフィーナ。それを見てミーアは、察する!
――ははぁん……ラフィーナさま、さては……。
頭の中、その答えに辿り着き、ミーアは思わず笑ってしまった。
「わかりましたわ! ラフィーナさま……」
「え……?」
唐突なミーアの言葉に、ビクッとするラフィーナ。ミーアは朗らかな笑みを浮かべたまま、ペロリとレモンパイをもう一口食べて、
「うん、とても美味しいレモンパイですわ。それと、お紅茶のお替りがいただきたいですわ」
「え……? あ、ええ、それはもちろんだけど……」
どういうこと? と首を傾げるラフィーナに、
「せっかく、ラフィーナさまが用意してくださったレモンパイや手ずからお作りになったジャム、紅茶がありますのに、別の食べ物の話をするなんて、とても失礼なことをしてしまいましたわ」
そう、考えてみればミーアだって知っていることだったのだ。
――わたくしも、かつてウマ形サンドイッチで味わったことでしたわ。せっかくわたくしが頑張ったのに、アベルたちが、そっちのけで剣術の話をしているのを見て、とても寂しかった。ラフィーナさまも同じなのですわ!
そうして、ミーアは頭を下げる。
「申しわけないことをしてしまいましたわ」
「え、や、ちが、あの……えっと……」
ラフィーナは、なにか言いたげな顔をして口をパクパクさせていたが、やがて、そっと目を閉じて……。
「そっ、そうね……うん、ごめんなさい。私も……ずいぶんと大人げないことを言ってしまったわ。ところで、そろそろ本題に入りましょうか。ガヌドスでのことや聖ミーア学園でのことについて、聞かせていただきたいわ」
気を取り直すように、パンッと手を叩くのだった。