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第百二十五話 ミーア姫、決意表明する

 都市長の館の客室。ミーアに与えられた部屋はひときわ広く、豪勢な部屋だった。

 寝相がいささか残念なミーアでも落ちないぐらいに広いベッド、ふわふわの毛布にくるまって、ミーアは惰眠をむさぼっていた。

 なにせ、久しぶりのベッドである。

 翌日にはキースウッドたちと合流するために旅立たなければならないと思うと、ついつい、起きる気が削がれていくわけで……。

 シオンなどは寝首をかかれやしないかと警戒して、あまり眠れなかったのだが、そんなことを気にするミーアではない。

 というか……、そもそもそんなこと考えすらしないわけだが。

 そんなわけでミーアは微睡の中をたゆたっていた。

 むにゅむにゅ、口を動かして、キノコ鍋おいしいですわ……などと、だらしない笑みを浮かべている。

 そんな気持ちの良い夢見心地を破るように、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。

「ん……ぅ? ふわぁ、うるさいですわね……。何事、ですの?」

 目元をこすりこすり、ベッドから降りる。小さな裸足に感じるのは、毛足の長いカーペットの感触。

 そのまま部屋の入口にある靴を履いて廊下に出る。っと、ちょうどよいところに、シオンが通りかかった。

「あ、シオン、ちょうどよかったですわ。いったい、どういたしましたの?」

「ああ、実は……、あー、ミーア、君、着替えてきたほうがいいのではないか?」

「へ……?」

 きょとりん、と首を傾げ、瞳をぱちくり瞬かせるミーアであったが、自らの格好を見下ろして小さく頷いた。

「そうですわね……」

 現在、ミーアは、もっこもこに膨らんだ、羊毛をふんだんに使ったワンピースタイプの寝間着と魔女の帽子のようなナイトキャップ、それに革靴という、いささかアンバランスな格好をしている。

 というか、寝間着で人前に出ること自体、どうなのかという話なのだが……。

「確かに、あまり気を抜いていると、アンヌに怒られてしまいそうですわね。仕方ありませんわ、着替えることにいたしましょう」

 ミーアは部屋に戻って手早く着替えをすますと、シオンとともに、都市長の部屋に向かった。



「馬鹿な……。こんなに早く部隊が派遣されるはずが……」

 部屋に入ると、すぐに、ランベールの声が聞こえてきた。

「しかし、実際に、こちらの降伏を促すための使者も先ほど送られてきました」

「いったい、どうしたんだ?」

 振り向いたランベールの顔は、心なしか青白く見えた。

「実は、今しがた同志から報告があった。王政府の軍が街道沿いに展開していて、それを率いているのが第二王子のアベル・レムノだと」

「まぁ! アベル王子が!」

 思わぬ知らせに、ミーアは声を上げた。

 嬉しさが胸にこみあげてくる。

 そうなのだ、大部分の方はお忘れかもしれないが、ミーアの構成成分の何割かは「恋する乙女」でできているのだ。後の何割かは、美少年の体を見てニマニマしたり、不良少年相手にイキったりする乙女以外のナニカでできているわけだが……。

 ともあれ、ミーアの中に眠る乙女の心が、彼女の心臓を高鳴らせた。

 ――ああ、昨日、お風呂に入れてよかったですわ!

 などと大喜びのミーアであったが、そんなウキウキ感はすぐにしぼんでしまう。なぜなら、

「王族が自ら部隊を率いてきたとなれば目的は鼓舞だろうな」

 シオンが、すぐ隣で苦々しげな顔をしていたからだ。

「展開している金剛歩兵団に対して、援軍とともに王の命令を携えてきたか。アベル王子、それがお前の選んだ道か」

 つぶやくように言って、それからシオンは改めて、ランベールのほうを見た。

「使者が何と言ってきたのか詳しく教えてくれ。それと、軍が展開している場所も聞きたい」

「いや、しかし……」

「我が国の助けを期待しているのならば、言うとおりにすべきだと思うが?」

 ランベールは思案げな顔をしていたが、すぐにうなずき、部下の男に指示を出した。


 それから、シオンはミーアの方を見た。

「ミーア、君は行きたいんじゃないか?」

「え……? あ、いえ、でも……」

 一瞬、躊躇する。

 なにしろ、これから向かう場所は、戦場になるかもしれない危険地帯だ。そんな場所においそれと行けるはずもなくって……。

「まぁ、君が行かなくっても俺は行くが……。そうだな、君はついてきてくれないほうがやりやすいかもしれない」

「へ? どうして……?」

「アベル王子に聞かなくてはいけないことができた。場合によっては……」

 シオンは腰に下げた剣の柄に軽く手で触れ、瞳を鋭く細める。

「あの日の夜、君に言ったことを実践しなければならなくなるだろう。民が虐殺されるのを、むざむざと見過ごすわけにはいかない」

「アベル王子を……、殺すんですの?」

 ミーアは自分の声が震えるのを感じた。

「そうならなければいいとは思うが……」

 それを聞いて……、ミーアは覚悟を決めた。それはミーアが生きてきた中で、一世一代の覚悟といえるほど、重たく固い覚悟だった。

 ミーアは、アベルに死んでほしくはなかった。

 そして、シオンにも……、こんなところで死んでもらいたくはなかったのだ。

 自分になにかできるとは思わないけれど、自分が与り知らないところで二人が殺しあうなどというのは御免だった。

 ミーアは小さく息を吸って、吐いてから、小心者の心に精いっぱいの気合を入れて、言った!

「シオン王子、わたくしも……、わたくしも、いきまちゅわ!」

 ……噛んだ。

 慣れないことはするものではないという、良い見本である。

 鋭く覚悟のこもった視線を、シオンに向けるミーア。

 その瞳は痛みのせいで、ほんのり潤んでいた。


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