第二十七話 探検の大家ベル、めいすいりを披露してしまう!
「ところで、ラフィーナさま、お土産の干物はどういたしましょうか? お茶請けなどにもよろしいかと思いますけれど、すぐに味見してみますか?」
ウッキウキ顔でそんなことを言うミーアに、ラフィーナはハッとした顔をして、
「え、ええ、そう、ね……。あっ! でも、そういうのはお父さまがお好きかもしれないわ!」
パンッと手を叩き、良いこと思いついちゃったっ! と明るい表情を浮かべる。
「だから、その……こっ、今夜のディナーで出すというのは、どうかしら……」
「なるほど、それもそうですわね。干物はお酒にも合うと聞きますし、ヴェールガ公にも喜んでいただけると思いますわ」
せっかくなら、みんなで食べたほうがいいだろう、と頷くミーア。
一方、ラフィーナはと言えば……。
「……主よ、我が罪を、お赦しください……ただ……こっそり巨大な肖像画を作ろうとしていたお父さまも悪かったのではないでしょうか……」
なにやら、ちょっぴり憂いを帯びた顔で祈りを捧げていた。
「ラフィーナさま?」
「え……あ、ええと、それでは行きましょうか」
そうして、ラフィーナに案内されて、ミーアたち一行はヴェールガ公爵邸に足を踏み入れた。
ヴェールガ公爵邸は美しい建物だった。
長方形の白い建物に傾斜のついた水色の屋根、さらにそこからニョキニョキと丸みを帯びた屋根が、さながらキノコのように伸びていた。
――ほう、素晴らしい形の建物ですわ!
ミーア、その形状を見て一発で気に入ってしまう。
さらに、建物に隣接するように礼拝堂が建っており、その屋根のてっぺんには中央正教会のシンボルである魚のエンブレムがつけられていた。
ぎぃいっと重たげな音を立てて扉が開く。その先に広がった光景に、ミーアは、おや……? と首を傾げる。
見上げるほどに高い天井、重厚で温かみを感じる木製の壁と床、その建築のすべてが一級品であることは、見てわかった。
ヴェールガという国を統べる公爵の、中央正教会を統べる大司祭の住居として、申し分ないものと言えるかもしれないが……。なにか、こう……。
「こっちよ、ミーアさん。お茶の準備がしてあるの。お疲れじゃなければ、少しお話ししようと思っているのだけど……」
「ええ、もちろん。いろいろとお話ししなければならないことがございますし……」
そうして、ラフィーナの案内で、サロンに向かう途中、ミーアは辺りを見回した。
――ふむ……ずいぶんと飾り気がないような……。清貧ということなのかしら。ラフィーナさまのお家ということを考えれば、不思議はないのかもしれませんけれど……。こう、歴史ある公爵家のお館といえば、それこそ、歴代当主の肖像画とか飾られていても不思議ではありませんのに……。
っと、そこで、ミーアは気付いた。
――ああ、そうですわ。このお屋敷、大抵の貴族の家にある肖像画の類が一切ないのですわ。
それに気付いたからこそ、ミーアはさらに不思議なことに直面する。
――むしろ肖像画と言えば、ラフィーナさまの肖像画のほうが飾られていないほうに違和感があるかしら……。一枚も見当たりませんし……。
そんなミーアに同調するように……。
「ふぅむ……ここ、気になりますね」
意味深につぶやいたのは、後の世に冒険姫と謳われる予定のベルだった。ミーアの後ろから、ひょこひょこと前に出て、壁に顔を寄せる。
顎に手を当て、むむむっと眉間に皺を寄せつつ、壁を検分することしばし……。ベルは、スチャッとミーアに追いついてきて耳打ち。
「ミーアおば……お姉さま、あそこの壁の部分、つい最近まで絵がかかっていたのではないでしょうか。なんだか、壁の色が変わっていますし」
「……なるほど、言われてみれば……」
ベルの言葉の通り、彼女が指さした先の壁は微妙に色が変わっていた。
「これは……もしかすると、ここにかかっていた絵を正しい順番でかけると、どこかの秘密のドアが開く感じなんじゃないでしょうか!」
謎の遺跡を前にした大物冒険家のような、実に含蓄に富んだっぽいことを言うベルに、ミーアは、シラーッと冷めた視線を向けつつ……。
――いや、これは、単純にラフィーナさまの肖像画がかかっていただけではないかしら? わたくしたちが来るから、全部外させたというだけなのでは……。
なぁんて思ってしまったりもするが……。
ミーアは小さく首を振り、
「くれぐれも言っておきますけれど、勝手に邸内を探検とか始めたらいけませんわよ」
「え……?」
ベルは不思議そうに、きょとんと目を瞬かせるが……。
「あ、あはは、そんなこと、するはずないじゃないですかー。もう、嫌だなぁ、あははは」
誤魔化すように笑うベルに、ミーアはジトーッと目を向ける。
「それに、本番は神聖図書館ですから……」
「そっちもダメですわ!」
きっちりはっきり釘を刺しに行くミーアである。それはもうはっきりと……。
「えー……」
ガックリ肩を落とすベルだったが、神聖図書館は、中央正教会の重要施設だ。さすがに、探検などさせるわけにはいかなくって……。
――しかし、ベルの探検も意外な発見をしてくることもありますし……。神聖図書館のほうだったら、アリかなという気もしてしまうのですわよね……。
なんだかんだで、時々は当たりを引いてくるラッキーベルの(たん)けんがく、の扱いに思わず悩んでしまうミーアなのであった。