第二十五話 そわそわ、うきうき
帝国最強ディオン・アライアを加えたミーアたち一行は、国境を越えてヴェールガ公国へと入った。
巡礼街道をのんびり進むにつれて、ミーアは、少しだけ不安を覚え始めた。
「お土産、しっかり選んだつもりですけど、ラフィーナさまに喜んでいただけるかしら……」
ガヌドスで色々見た結果、これだ! と思うものに出会えたので……出会っちゃったので……ついつい買ってきてしまったが……。
はたして、どんな反応が返ってくるのか……。
そんな不安を感じつつも、馬車はドルファニアに入った。
ヴェールガ公国公都ドルファニアは、非常に歴史ある町だった。
もともとは、ノエリージュ湖にて生計を立てる漁師たちの築いたコミュニティが、この町の礎となったと、神聖典は教えている。
街の中には無数の水路が引かれ、その上を小型の船が無数に行き交っている。船には一艘につき、一人の船頭が乗っていた。彼らは櫂を片手に、美しい歌声を披露していた。それは、船乗りの歌と神への賛美を合わせた、ヴェールガ聖歌と呼ばれる神聖なる歌だった。
そうして、ドルファニアを訪れた巡礼者たちは船に揺られつつ、街の中心部にある大神殿へと向かうのだ。
「街中の移動は、船での移動になるみたいですわね」
「あの蛇の暗殺者をガヌドスで捕らえられて幸運だったと思うべきでしょうかね」
そんなことを言うディオンに、ミーアは小さく首を傾げた。
「あら、ディオンさんならば、場所を選ばずに負けないでしょうに」
などと軽口を叩きつつ、一行は船に分乗する。
「ここってー、釣りとかはできるのかしらー?」
そんなことをつぶやくのは、ちゃっかりついてきていたオウラニアだった。まぁ、海産物研究所のことでラフィーナと直接打ち合わせたいということなので、大義名分があると言えばあるのだろうが……。
ミーアは、オウラニアのメイドが抱えた荷物の中に、にょっきり顔を出す釣竿を見て……。
「さすがに街中で釣りをすると怒られると思いますわよ。するのなら、きちんとラフィーナさまに確認してからにいたしましょう」
ミーアの弟子を名乗って、ここで無茶をされるのは、さすがにまずいので。きっちり釘を刺しつつも、ミーアは改めて街の中心部に目を向けた。
そこに鎮座する丸みのある巨大な建物。公都の中央にあるのは、王の城ではなかった。
すべての巡礼者の目的地、中央正教会の聖地、大神殿である。その最奥である至聖所には神がこの地に来た証である契約の石がおさめられているのだ。
さらに、大神殿の隣にはミーアたちの目的地、神聖図書館が並んでいる。ユバータ司教曰く、図書館内には司書神官が暮らしているらしく、来客が滞在するための宿泊施設も完備されているという。
ミーアたちも、明日からはそこに滞在する予定であった。
だが、その前に向かうのは……。
「さ、それでは参りましょうか」
そうして小舟に乗り、ちゃぷちゃぷ、波に揺られることしばし……。
「ミーアさーん!」
聞こえてきた声。そちらに目を向けると、一人のご令嬢が手を振っているのが見えた。
透き通るような水色の髪、清らかな白き頬をかすかに朱に染めて、ラフィーナ・オルカ・ヴェールガは、まるで幼い子どものようにブンブン、無邪気に手を振っていた。
「ラフィーナさま……」
それを見つけたミーアは、素早く、シュシュっと周囲に目を向けた。巨大な、怪しげな旗や、黄金に輝くナニカなどは……ないっ!
ふぅっと安堵の息を吐きつつ、ミーアは思わず苦笑いだ。
――よくよく考えれば、当たり前のことでしたわ。ラフィーナさまは、ご自分の肖像画にもあまり良い印象を持っていないようでしたし、あのようなド派手な旗を作るはずがございませんわ。
そうして安らかな心地で、ミーアは小舟を降りた。
ラフィーナは、とととっと軽快な足取りで、ミーアたちを出迎えに向かう。
そうして、ミーアたち一行の前につくと、
「ご機嫌よう、ミーアさん」
常と変わらぬ清らかな笑みを……否! 常以上に嬉しそうな……輝かんばかりの笑みを浮かべた。
なにしろ、初体験なのだ!
お友だちが、自分を訪ねて公都に来てくれるなんて、初めてのことだったのだ!
聖女として、知人のお屋敷を訪ねることはあった。
公都に来た客人を神殿で出迎えたこともあった。けれど、自らの自宅にお友だちを招いたことは、ただの一度もなかったのだ!
まぁ、そもそもラフィーナがお友だちと呼べるのは、ミーアが初めてぐらいなので、それも仕方のないことではあるのだが……。
ともあれ、そんなふうに、ウキウキしているラフィーナに、ミーアはニッコリ笑みを返しつつ、
「ご機嫌麗しゅう、ラフィーナさま。わざわざ、お出迎えいただき、感謝いたしますわ」
そうして、ラフィーナの後ろに控えていた従者の一群にも、軽く会釈する。
ミーアに続き、オウラニア、シュトリナ、ベルやパティたちがラフィーナに挨拶していく。
「ふふふ、こうして、みなさんをうちにお招きできてうれしいわ」
心の底から微笑んでラフィーナは歩き出す。
「さ、それじゃあ行きましょうか。積もるお話は中でしましょう。聖ミーア学園のことや、ガヌドスでのこと、いろいろお聞かせくださるのでしょう?」