第二十四話 帝国の守り手たち
神聖ヴェールガ公国、公都ドルファニアは、公国の東部に位置している。
ガヌドス港湾国からルドルフォン辺土伯領を経由し、そのままヴェールガ公国へ。途中、国境沿いの村で……。
「ご無事のご帰還なによりです。ミーア姫殿下」
そう言って膝をついたのは、帝国最強の騎士、ディオン・アライアだった。ここからは、彼が護衛団に加わるとあって、ミーアはにっこり愛想よくしておく。
「ご機嫌よう、ディオンさん。ふふふ、あなたも元気そうでなによりですわ」
言いつつ、ミーアは、ふと思う。
――そういえば、ベルによれば、ディオンさんはリーナさんと結婚するということでしたけれど……。
チラリと視線を向ければ、シュトリナは素知らぬ顔で可憐な笑みを浮かべている。
――今のところ、そんな気配は全くないように思いますけど……大丈夫かしら……?
なんとなく、心配になってしまう。
まぁ、彼らが婚儀を結ばないことは、さして大きな問題ではないように思えるが、それでもベルの知る未来から外れることは、やはりあまり好ましくないように思える。
――二人が仲違いして、その結果、ギロちんが出現するなんてこともあり得るかもしれませんし、油断は大敵ですわ。それに、なんといってもディオンさんを敵に回す可能性は微塵も残すべきではありませんし、そのためには、ベルと仲の良いリーナさんと結婚していただくのはベスト……。
ここは一つ、恋愛大将軍として姫界に君臨する自身が、一肌脱ぐ必要があるのではなかろうか、と腕まくりするミーアであったが……。
「おや? ミーア姫殿下、なにかございましたか?」
ふと見れば、怪訝そうな顔をするディオンと目が合う。
「いいえ、なんでもありませんわ。今回も護衛のほう、よろしくお願いいたしますわね」
「ははは、それはもちろんですが……しかし、ミーア姫殿下もなかなかに大胆ですね」
朗らかな笑みを浮かべて、ディオンが言う。
「はて? なんのことですの?」
「いや、なに。自分で言うのもなんなのですがね、こんなに物騒な男を連れて、中央正教会の本拠地である公都ドルファニアに行かれるとは、大した胆力だな、と思いまして」
茶化すように肩をすくめるディオンに、ミーアはニッコリと微笑んだ。
「あら? わたくしは、自らの腕を疑う愚か者ではありませんわ。あなたは、我が剣を振るう腕。全幅の信頼を置く者なのですから」
基本的に、ディオンと敵対するなどと言う可能性をミーアは考慮しない。彼は常に味方にしておくべき存在。であるならば、彼を縛るべきはむしろ無垢な信頼。一切の疑念なき信頼だ。
――仮に、この先、武力の価値が下がる、平和な世界が訪れたとしても、彼を軽んじるようなことがあってはなりませんわ。
そうしっかりと心に定めるミーアである。
「それに、わたくしは思いますの。蛇は、表立って暴れている時より、裏で静かにしている時のほうが恐ろしいものである、と」
ミーアは知っている。大丈夫だろう……は危険なのだ。
帝国革命期、幾度、大丈夫だろうと思っていた食料輸送路が襲われたことか。前回、大丈夫だったから、次も大丈夫というのは大きな間違いなのだ。むしろ、前回大丈夫だった時こそキケン。より一層の警戒が必要なのだ。
「帝国の外のことですし、こちらにできることも限られるかもしれませんわ。だからこそ、あなたについてきていただけると心強いですわ」
その言葉に、ディオンは急に真面目な顔をした。
「ご立派です、姫殿下。どうやら、僕がどうこう言う必要はないらしい」
真っ直ぐに、こちらを見つめ続ける。
「ミーア姫殿下、今やあなたは、この大陸のキーマンとなりつつある。が、その、権勢に驕ることなく、油断のなきように。僕も、姫殿下の信頼にお応えできるよう、微力を尽くしますよ」
っと、真面目なやりとりはここまでだった。
「ディオン将軍、お久しぶりです!」
ベルがニッコニコ顔でディオンに歩み寄った。キラッキラ、と目を輝かせて近づいてくるベルに、ディオンは苦笑いを浮かべた。
「あー、僕はまだ将軍になってないんだけどね……というか、現状、そんなになりたいとも思っていないんだが……」
などとつぶやいているが、当然のごとく、ベルが聞いているわけもなく……。
「今回もよろしくお願いします。伝説の剣の冴えを見る機会があると良いんですけど。あっ、それに、リーナちゃんとのことも」
「べっ、ベルちゃん! ちょっと……」
急に声を荒げたシュトリナが、ベルを引っ張っていこうとする。その背中にディオンが声を投げた。
「イエロームーン公爵令嬢も相変わらず、元気そうでなによりだ」
呼び止められたシュトリナは、立ち止まり、仕方ない……といった様子で振り返る。それから、一転、可憐で儚げな笑みを浮かべて、スカートの裾をちょこんと持ち上げる。
「ご機嫌よう、ディオン・アライア。護衛の任務、お疲れさま」
「別に疲れちゃいないがね。というか、むしろ、退屈していたぐらいだよ」
それから、彼は一段低い声で続ける。
「まぁ、暴漢の類は全部こっちで面倒見るから、毒への警戒に関してだけはよろしく頼んだよ。表立って襲ってくる敵の対処はできても、毒による暗殺だけは、どうにもならないからね」
「もちろん、心得ているわ。あまり、リーナを馬鹿にしないでもらいたいのだけど……」
不敵な笑みを浮かべてシュトリナは言うのだった。




