第二十話 オウラニア、ついに師匠の自分ファーストに気付いてしまう! ついに!!
「……ところで、オウラニアさん? わたくしは、ここで待っていればよい……のかしら?」
ハンネスとの会談を終え、ミーアはオウラニアのほうに目を向けた。
「はいー。実は、お父さまはすでに王宮には来てると思うんで、すぐに呼びますねー」
オウラニアは実にぞんざいな態度で言う。
「そうなんですの? しかし、一応はネストリ陛下は、この国の国王陛下だったかと思うのですけど……よろしいのかしら?」
良いのだろうか……? 客室とはいえ、自身が王宮で待ち、そこに国王がやってくるというのは、良いのだろうか? なにやらミーアの小心者の心臓が落ちつかなげに騒いでいた。
「形だけでも、わたくしのほうから訪ねたほうが……」
「うふふー、なに言ってるんですかー、師匠ー。師匠のほうから出向くなんてもってのほかですよー。あんなの、呼び出してやればいいんですよー」
「しかし……」
「もうー、師匠は気にしすぎですよー。礼を払うべき相手には礼を払うべきですけれど、そうでない相手には、そうでない態度を取ったほうが良いと思うんですけどー」
頬に指を当て、きょとんと小首を傾げるオウラニアに、
「いいえ、オウラニアさん、それは違いますわ」
ミーアは、はっきりとした口調で断言しておく。
あまり、偉そうなことは言いたくなかったが、一応、ミーアは師ということになっている。オウラニアが弟子として慕ってくる以上は、やはり教えておいてやらねばならないだろう。
姫道の心得を。すなわち……。
――相手に礼を尽くすことなど安いもの。お金も労力もかからぬのですから、それで有利になることがあるのなら、しっかりしておくべきですわ。
そう、ミーアは革命期に痛いほど知ったのだ。
笑顔は無料。ならば、とりあえず微笑んで相手の好意を得ておいたほうが良い。それと同様に、礼を尽くすこともまた、無料なのだ。
相手との交渉において、それで有利に働くことがあるならば、意地を張る必要はないのだ。
不利な取引に何度も付き合わされたミーアは、そのことを深く知っている。ゆえに……。
「オウラニアさん、相手に礼を尽くすことと、相手が礼を返してくるかどうかということは関係ありませんわ。こちらの礼に対する相手の態度は、あくまでも相手の問題であって、わたくしの感知することではございませんもの」
こちらの礼に、相手も礼を返してくるならば、それでよし。イーブンと言える。
対して、こちらの礼に対し、相手が礼を返してこなかったら……? 相手は礼を失するという失態を犯すことになる。それは相手の評判を貶め、ひいてはこちらの有利に繋がるのだ。
だからこそ、ミーアは強調する。
「腹が立とうが何だろうが、礼は尽くすべきですわ。それは、相手のためではなく、自分のためのことなのですわ」
それは、自分が不利にならぬよう、ラフィーナやルシーナ司教、ユバータ司教のような、清廉潔白な人々から睨まれないようにするための術なのだ。
「なるほどー、相手がどうこうではなく、自分がー」
オウラニアは考え込むようにして一瞬黙ってから、
「ありがとうございます、ミーア師匠ー。大変、参考になりましたー」
深々と頭を下げた。
――そうかー、相手が礼を欠いたところで、それは相手の品位が貶められるだけのこと。それに合わせて自分の品位まで落とさないようにって、ミーアさまはお考えなんだわー。
オウラニアは、改めて、自身の未熟さを実感する。
ミーアの、自分に厳しく、他人には優しい、この清廉潔白な生き方は、オウラニアにはとてもまぶしく思えた。
――確かにそう考えていないと、支援とかも疲れてしまうかもしれないわー。
ヴァイサリアンの受け入れは、ビガスの言うように上手くいっていた。けれど、簡単でもなかった。
どうしたって、軋轢は生まれるもの。その報告を受けるたび、オウラニアは疲れを覚えるようになった。
「どうしてー、私がこんなにしてあげてるのにー、そんなわがまま言うのー? あなたたちのためにしてあげてるのにー」
そんな風に、怒りを覚えることすらあったのだ。
けれど……姫道の大家にして、オウラニアの尊敬する師であるミーアは言う。
「相手ではない。問題は自分のことなのだ」と。
――そうかー。要するにミーア師匠は自分ファーストなんだー。
相手に優しくするのは、相手から報いが欲しいからではない。
ただ、相手に優しくできる自分でありたいからなのだ。
相手に礼を尽くすのは、相手に礼を返してほしいからではない。
どんな相手にも礼を尽くせる自分でありたいから、なのだ。
――相手の反応に左右されず、ただ誇り高い自分を貫く……。さすがは、ミーア師匠だわー。すごく格好いいわー!
師匠への尊敬を新たにオウラニアは深々と頭を下げる。
「善き姫への道、大変、勉強になりましたー。ミーア師匠ー」
そう言うと、ミーアはどこか照れくさそうな顔で頷き、
「ふふふ、ずいぶんと、偉そうなことを言ってしまいましたけれど、あくまでも、わたくしが体験して得た教訓ですから。参考程度にとどめていただけると嬉しいですわ」
――ミーア師匠は、こんなふうに、姫としてのご自分を律しておられるんだー。すごいなー!
っと、ますます、黄金に輝く尊敬の念を深めてしまうオウラニアなのであった。