第十九話 ヴァイサリアンはどこから?
「ほう、海の獣……羊皮紙というのは聞いたことがございますけれど……、そんなものがございますのね」
感心した様子のミーアに、ハンネスは頷いてみせた。
「恐らくは同じようなものかと。ヴァイサリアン族の中で、そういった技術があったのでしょう。さしずめ、海獣写本とでも呼びましょうか」
なにやら、ノリで写本に名前を付けるハンネス。
「かいじゅうしゃほん! なんだか格好いいですね!」
ベルがパンッと手を叩いて、目をキラキラさせている。
「ふふふ、そうだろうそうだろう。ベル嬢は話がわかるようだ」
どうも、この二人は冒険家ソウルが共鳴し合うらしい。
そんな二人を、普通のご令嬢(……普通の?)であるミーアとパティは、それをちょっぴり呆れ顔で眺めるのであった。
まぁ、それはさておき……。
「それにしても、地を這うモノの書の写本を見つけたというのは、なかなかの快挙なのではないかしら?」
「そうですね。ただ、それが果たして地を這うモノの書と呼べるのかどうかは、いささか議論の余地がありそうではあるのですが……。どちらかというと、それは、ヴァイサリアン族の記録とも呼ぶべきものでしたので……」
なにを地を這うモノの書と呼ぶか、その定義はなかなかに難しい。
「自分たちを虐げる秩序を破壊する」という明確な意志と情熱を核として、生み出された方法論の集合知こそが地を這うモノの書である。
そこに何を含めるのか、誰がそれを決めるのか、そのような基準は明らかになっていないし、もしかしたら、そんなものはないのかもしれない。
「しかも、すべて解読が済んだわけでもないので、ヴェールガの調査団に持ち帰ってもらって解析してもらうのがよろしいのではないかと思っています」
「なるほど、確かにそうですわね。蛇の全容を明らかにするために、対抗策を練るために、しっかりとヴェールガと共有しておくのがよろしいと思いますわ」
ミーアの言葉にハンネスは、一つ頷いて、
「しかし、いくつかわかったことがあります。海獣写本によると、どうも、ヴァイサリアン族は、もともとは内陸部より移り住んできた者たちのようなのです」
「内陸部……? 海洋民族のヴァイサリアンが、ですの?」
「はい。彼らがガレリア海に居つく前の話とお考え下さい」
ハンネスは、そこで大きな地図を机の上に広げて……。
「我らティアムーン帝国の民が、ガレリア海を越えた先から来た、という説はご存知かと思うのですが……」
言いながら、ハンネスは地図を指さす。
「ガレリア海の、この辺りにある無人島が初代皇帝の碑文があった島とお考えください。その後、帝国の民は、ガヌドス港湾国の辺りで上陸。肥沃なる三日月地帯まで移動していくのですが……」
それから、ハンネスはガレリア海沿いの海岸線、そして、無人島を指さし、
「この二か所にヴァイサリアンの隠れ集落がございました。この近辺の海でヴァイサリアン族が生活していたということなのですが……。ここで生活する以前のヴァイサリアン族は、では、どこから来たのか……? 創世の時代に、神がこの場所に人を創って置いた、ということもあり得るかとは思うのですが……」
ハンネスは、ヴァイサリアンの活動地域から、二つの方向を示す。
「もしも彼らが移動してガレリア海に来たのだとしたら、考えられる方向は二つ。帝国の民がやって来た海の向こう側か、あるいは……」
「肥沃なる三日月地帯、ペルージャン、サンクランドや騎馬王国、ヴェールガ……その辺りから移動してきた可能性もある、と……。なるほど」
ハンネスは深々と頷いて、
「初代皇帝が蛇と出会ったのが、この碑文の島です。その文言を信じて、初代皇帝が蛇を知らなかったのだとしたら……ヴァイサリアンが帝国の民と反対の、内陸側からやって来たと考えるのが、理に適っているのかもしれません」
「ふぅむ……水土の実が、創世神話に出てくる実であるならば、ヴァイサリアン族が海洋民族と呼ばれるようになる前まで遡らなければならない、というのはわかる話ですわね」
ザっと地図を眺めたミーアは、ううぬっと唸る。
「そうなると……例の命の木の実の場所も、ガレリア海を越えた先ではなく、この大陸のどこかにあるという可能性もございますのね?」
それならそれで、海を越えていくよりは良いかも……と思うミーアである。
「えー……? 海の島々をめぐる大冒険が……」
などと、一部、不満を口にする層はスルーしつつ、
「いずれにせよ、詳しいことは、その写本の解析を済まさないと、ということになるかしら?」
ミーアの問いかけに、ハンネスは腕組みしつつ首肯する。
「はい。例の子守歌のことも含めて、やはりヴェールガの神聖図書館を調べなければならないかと思います。が……」
窺うように見つめてくるハンネスに、ミーア、ドヤァな顔で胸を張り、
「ふっふっふ、無論、抜かりはありませんわ。すでに、図書館長のユバータ司教の許可も取り付けておりますわ」
得意げに言うのであった。