第十七話 忠義(?)のメイド、訪ねてくる
その日の夜のこと……。
ミーアは、オウラニアによって手配された大宴会料理に舌鼓を打った。ポンッ!
「ほう……この焼き魚、非常にサクサクしておりますわね。それに、この上にのせられているのは……」
「ミーアさまはキノコがお好きとお聞きしておりましたからー、魚料理と合わせてみましたー」
「なるほど、やりますわね……。このキノコのねっとりした食感とお魚のしっとりした食感がマッチしていて実に素晴らしい……。それに、上に乗っているのはバターかしら……。ふふふ、このジュワッとしたクリーミーさもたまりませんわ」
ガレリア鯛や三日月ヒラメの舞い踊りに舌鼓を打ち、大きなムーン貝に舌鼓を打ち、たっぷりの魚介出汁で作ったスープに……やっぱり舌鼓を打つ。ポンポンポンッ!
今夜のミーアは巧みな鼓の奏者だった。
それもこれも、すべてはタチアナの言いつけを守るためである。
「体に良いお魚料理をたっぷり食べ貯めてくること……。忠言はしっかりと守らなければなりませんわね! 頑張りますわよ!」
タチアナから言われた言葉が微妙に……若干……ミーアの中で曲解されているように思わなくもないが……些細なことなのであった。些細……? まぁ、昼間はいい仕事して、前倒しで消費したし……? 大丈夫、だろう……たぶん。
そうしていくつかの絶品料理と出会いを経て、大満足の内に、その日を終えようとしていたミーアである。
「ふふふ、海の幸もなかなかにやりますわね。あ、そうですわ。せっかくですし、忘れぬうちに、日記に今日の感動を書き込んでおかなければ……」
そうして、恒例の、詳細なグルメレポートの作成にとりかかろうと、日記帳を取り出した、まさにその瞬間だった。
コンコン、っと控えめにノックの音が響いたのだ。
「あら……誰かしら?」
室内にはミーアとアンヌ、さらに、ベルがいた。
寝る前に遊びに来て、ベッドの上で早くもウトウトしていた孫娘にチラと視線をやってから……。
――リーナさんがベルを呼びに来たのかしら?
と小首を傾げたミーアであったが……ドアを開け、室内に入ってきたのは意外な人物だった。
「あら……? あなたはオウラニアさんの専属メイドの……トゥッカさんだったかしら?」
ミーア、脳みその回転数を一瞬だけ上げて、目の前の人物の名前を引っ張り出す。
名前を呼ばれたトゥッカはスゥっと姿勢を正して、それから深々と頭を下げた。
「失礼いたします、ミーア姫殿下」
「なにかご用かしら? オウラニアさんは一緒ではないようですけど……」
不思議そうに首を傾げるミーアに、トゥッカは非常に恐縮した様子で、
「申し訳ありません。本来であれば、このような形でお訪ねするのは、礼を失することだとは存じ上げているのですが……」
裏を返せば、そうまでして会いに来なければならない事情があったということか……っと、ミーアはそっと姿勢を正す。
「構いませんわ。そもそもオウラニアさんはセントノエルの同級生。もしもここがセントノエルであるならば、このように、専属メイドのあなたが訪ねることも、普通のことですわ」
ミーアは優しく微笑んで、
「それに、そのように恐縮されつつも来たということは、なにか大切なお話があったのでしょう?」
ミーアの言葉に、トウッカはハッと目を見開いて、それから、もう一度、頭を下げて。
「実は、オウラニアさまのことなのですが……。ミーアさまから少し休むように、お言葉をいただけないでしょうか?」
意を決した様子で言った。
「はて、休むように……ですの?」
「はい、オウラニアさまは、ガヌドスに帰ってきてから、ずっとずっと働きっぱなしなんです。昼も夜も、寝るまでほとんどの時間、書類を読んだり、関係者のもとを訪れたり…………それが心配で」
「なんと……それは確かに良くないですわね……」
どこかものぐさな印象があるオウラニアの意外な行動に、ミーアは思わず眉をひそめる。
「それでは、もしや大好きだった釣りにも行けていないのでは……」
「あ、いえ、釣りには行かれてます、ガヌドスに帰ってきてから毎日。護衛の兵士を数名引き連れて、ガレリア海での朝釣りを日課にされていまして……」
いや、釣りしてるんかい! とツッコミを入れそうになるミーアだが、はたと気付く。
別に、いいじゃない、釣りぐらい! と。
オウラニアの趣味である釣りは、ミーアにしてみれば、エリスの原稿を読む息抜きの時間と同じ。逆に言えば、その時間以外すべて働き続けろ! などと言われれば、やってられないだろう。
「なるほど……それは実によくないことですわね。まぁ、かく言うわたくしも、思い出してみると、寝る間も惜しんで働きづめで、他人のことは言えませんけれど……」
…………そうだっただろうか?
「思い返してみれば、それは、あまり良くないことだったように思いますわ。しっかりと寝て、食べて、遊んで、余裕をもって物事にあたるべきでしたわ」
「まさに、その通りだと思います、ミーアお姉さま!」
ぱっちりと目を覚ましたベルが盛大に拍手するが……。
「ベルは余裕を持ちすぎですわ。もう少し根を詰めなさい。せめて、テストでコンスタントに平均点を取れるようになるべきですわ」
…………それは否定のしようのない正論であった。
ガーンっと衝撃を受け、そのままベッドに倒れ込むベルを尻目に、ミーアはトゥッカに目を向ける。
「オウラニアさんには、わたくしのほうからも言っておきますわ。まだまだ、ヴァイサリアン族のことを含めて、改革は始まったばかり。あまり、最初から全力を出すと息切れしてしまうでしょうしね」
それから、ミーアは優しげな笑みを浮かべる。
「それにしても、オウラニアさんにも信頼のおける忠義者がそばにいて、良かったですわ」
ミーアの言葉に、トゥッカはキョトンと目を瞬かせてから、
「いえ、その……私は」
なにか、もにゅもにゅ言った後に、一転、ニヤリとわるぅい笑みを浮かべる。
「私は、ただオウラニアさまに賭けるしかなかったところを、なんとか賭けに勝てたので……。この上は、その見返りを十分にいただこうとしているだけです。オウラニアさまには、健康で、長く権力の座を掴んでいただき、きちんといただくものをいただかないといけませんから!」
「まぁ、それは……。ふふ、心強いことですわ」
豪語するトゥッカに、ミーアは愉快そうに微笑んだ。