第十六話 ミーア姫、釘を刺していく!
一通り海産物研究所の査察を終えたミーアは、ガヌドスの王宮へと向かった。その途上……、
「あの議会の前にー、例の灯台を作ろうと思ってるんですよー。こう、ものすっごーくおっきーのを……」
馬車の中、両腕をぶぅんっと大きく回してそんなことを言うオウラニアに、
「オウラニアさん……その、あまり民の負担になるようなことはいけませんわ。元老議会のほうにも言っておきましたけれど、あくまでも気持ちが必要なのですから……。真心のこもったものであれば、大きくなくても、お金をそんなに使わなくても、わたくしは嬉しいですわ」
「熱意、創意工夫ですかー」
「そう! あくまでも、心が大事。それは決して忘れませんように!」
きっちりと釘を刺しておくのであった……本当に刺さっているかは、定かではないのだが……。
「なるほどー。よくわかりました。それじゃ、今度、元老議員の人たちと一緒に、もう少し詰めて考えてみますねー」
任せてください! とばかりに、どすんと胸を叩くオウラニアであった。
そうこうするうちに、ガヌドスの王宮が見えてきた。
今夜は、宴! 海の幸~! と鼻歌を歌い出しそうになったミーアは、ふと、思い出したという様子で手を叩き……。
「あっ、そういえば、国王陛下とあなたの兄君は、今どうされておりますの?」
確認すべきことを思い出した。
ガヌドス国王、ネストリ・ペルラ・ガヌドス。
彼は、未だにこの国の国王だ。動向を探っておくに越したことはない。対して、
「さぁー」
オウラニアは小さく首を傾げてみせた。
「もう気にしないって決めたんでー、あんまり聞いてませんー」
実にあっさりとした口調で、オウラニアは言った。
「まぁ、あんまり面倒なことをされると困るからー、一応は監視だけしてもらってますけどー。元気にはしてるみたいですけどねー」
ネストリは、現在、王城の一室に軟禁されている。罪状は、無実の娘を陥れようとしたことだ。
そして、訴えられた国王は、なにも弁解しなかった。むしろ積極的に、自ら牢に入りたがったのだ。理由はとても簡単で……。
「カルテリアお兄さまと会えたことが、たぶん、すごーく、嬉しかったんじゃないでしょうかー。いつでもお兄さまと会えることを条件にー、軟禁状態になることを了承しましたからー」
「そうなんですのね。では、カルテリアさんも同じ場所に?」
「あの人は、もっと厳重に閉じこめておかないとー、とっとと脱走してしまいそうだからー、専用の牢を用意しましたー」
ペラペラと手を振りがら、オウラニアは言った。
「あー、仕方ないかもしれませんけど、地下牢は辛そうだから、やめてあげたほうが良いかもしれませんわ」
じめじめしたあの感覚は、今思い出してもゾッとするミーアである。アンヌとの良い思い出がないではないが、それでももう一度入れと言われれば遠慮したいところだ。
「ふふふー、そうですねー。さすがに血の繋がりがあるお兄さまだからー、ちゃんと地上の建物に軟禁という形にはしてありますけどー」
オウラニアは頬に指をあてて、うーんっと唸った。
「さすがに、長く閉じこめておくには、いろいろ考えないといけないかもしれませんねー。たぶん、脱走する気満々だからー。かといって、ガヌドスにいる兵士じゃ、あれは押さえられなさそうだしー」
「ふぅむ、そうですわね。ディオンさんを待機させておく、なんてこともできませんし……。うーむ……、慧馬さんのお兄さんみたいに大人しくしていてくれればよろしいのですけど……」
慧馬の兄、狼使いこと火馬駆は、現在、かつての仲間である蛇導師を追い立てる協力者という立場になっている。緩やかにとはいえ、ヴァレンティナの身柄を人質にしている形なので、どこまで信用できるのかはわからないが、今のところは良い落としどころだったと言えるだろう。
彼と同じような、ちょうど良い落としどころを用意してあげられるといいのだが……。
――いえ、しかし、オウラニアさんのお兄さまに関しては、復讐が絡んできておりますし、なかなかに難しいところかもしれませんわね。その辺りをしっかりしてあげないと……。
そこで、ふと、ミーアは思い出した。
――そういえば、その復讐のきっかけとなったカルテリアさんのお母さまというのは……蛇だったわけですわよね……。恨みを残して死んだと聞いておりますけれど……その話、どこまで信用できるのかしら?
恨みを残してという部分がそもそも疑わしくもあるのだが、もう一つの点、死んだというのは、信用できる情報なのだろうか?
ついつい疑わしくなってしまうミーアである。
「ふぅむ、いずれにせよ、なにか手立てを考える必要がありそうですわね」
他国のこととはいえ、蛇の案件は、各国が協力し合って取り扱うべき事柄だ。隣国でもあるし、オウラニアに任せきりにはしておけないだろう。人任せにしておいて、気付いたら手遅れなどと言うのは、ごめんである。
「せっかくガヌドスに来たわけですし、一応、お二人のことも様子見をしておきたいところですわね」
「わかりましたー。お父さまは、都にある別邸のほうで大人しくしてもらってますから、明日にでも呼びつけますねー。お兄さまのほうは、直接、足をお運びいただかなければなりませんけどー」
と、翌日以降の予定を確認したところで、一行は王宮の中へと足を踏み入れた。