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第十五話 レムノ王国にて

「兄上!」

 王の部屋を後にしたアベルは、同じく部屋を出たゲインを追った。

「なんだ、なにか用か?」

 そう答えたゲインであったが、足を止めることはなかった。

「どこかに行かれるのですか?」

「馬の手入れだ。父上から、新しい軍馬をいただいたのでな」

 レムノ王国は軍事に重きを置く国だ。たとえ王族であったとしても、時に最前線に出て、兵の士気を上げなければならない。

 そんな彼らにとって、良き馬は、最上の贈り物と言えるものだった。

「では、お付き合いいたします」

「好きにすればいい」

 こちらに目も向けない兄だが、それはいつものこと。それよりも気になるのは……。

「先ほどは、ありがとうございました。まさか、お助けいただけるとは思っていませんでした」

 そう頭を下げるアベルに、ゲインは皮肉げな笑みを浮かべた。

「厄介事に巻き込まれたくなかったのでな。くだらん祭りに煩わされるなど、たまったものではない」

 レムノ王国の代表となれば、当然、一番の候補はゲインだ。その理屈はわからないではなかったが……。

 厩舎の前で立ち止まり、ゲインは肩をすくめる。

「ともあれ……あまり無様なことをされても迷惑だ。お前も責任をもって、クラリッサについていけ」

「それは、もちろんですが……」

 兄の言葉に、どこか、クラリッサへの気遣いを感じ、やはり意外さを覚えるアベルである。

「……いったい、なにを企んでおられるのですか?」

 つい、そんなことを聞いてしまう。眉を顰め、いかにも怪しい……という顔をするアベルに、ゲインは鋭い視線を返し、それから、実に悪い笑みを浮かべ……。

「ふん、そうだな。帝国の叡智の威光と名誉をせいぜい利用させてもらおうと……」

「ゲイン・レムノ、ここにいたのか……ん? おお、アベル・レムノではないか」

 突然の顔見知りの少女の登場に、アベルは驚く。

「君は……慧馬嬢……?」

 騎馬王国、火族の姫君、火慧馬が、愛馬蛍雷を引いて歩いてくるところだった。

「なぜ、レムノ王国に?」

「ああ、うむ……。実はな、我が兄に代わり、蛇導師を探していたのだが……」

 燻狼との戦いで負傷した兄、火馬駆に代わり、蛇導師の捕縛のために動いている慧馬であったが……。

「なかなかに、難航していてな。いや、さすがは蛇導師だけあってな、尻尾を掴めぬということで、ゲイン王子に協力してもらっているところで……」

 などと、なにやら早口で言う慧馬。アベルは、チラリと慧馬の背後、彼女の愛馬、蛍雷のほうに目をやった。

 なんだかこう……ものすごぅくスッキリした、キラッキラした顔をしていた!

 いうなれば、思う存分、遠駆けを楽しんできて、すっきり気分爽快、というような顔だろうか。

 蛇導師を探して、いろいろ調査をしてきたという感じでは、断じてなさそうではあるのだが……。

「んっ? 我が蛍雷がどうかしたのか?」

 アベルの視線に気付いたのか、慧馬がきょとんと首を傾げる。

「いや、なんでもない」

 きっと、蛇導師と壮絶な追跡劇を行って、たっぷり走ったのだろう、と思うことにして、アベルは話を変える。

「それよりも、あの戦狼も王都の中にいるのかな?」

 慧馬と言えば、なんと言っても、忠実なるしもべ、戦狼の羽透である。いつでも彼女に付き従う、あの狼の姿が見えないことを不思議に思うアベルであったが……。

「羽透は、町の外で待たせてある。ゲイン・レムノには、連れて入っても構わないと言われたのだがな。民を恐れさせるのは、我の本意ではない」

 さすがに、街中に狼を連れて入ることは、慧馬も控えたらしい。それは良いのだが……。

 アベルはゲインのほうに目を向けた。兄が、慧馬を気遣うような言葉を、はたして言うだろうか……? と疑問を覚えたのだ。

 対して、ゲインは苦虫を噛み潰したような顔で……。

「我が王家にとって戦狼は家紋にもなるほど特別な獣だ。それに、狼ごときに恐れをなす者は我らの民には一人もいなかろうよ」

 事も無げにそう言うと、ゲインは静かにアベルのほうに目を向けた。

「いずれにせよ、お前たちがなにを企んで古臭い祭りを引っ張り出してきたのか知らんが、せいぜい我が国の不利益にならぬようにすることだ」

 そう言ってから、ゲインは厩舎のほうに向かった。

「むっ? ゲイン・レムノ、もしや、馬の世話に来たのか?」

「……父から新しい馬をもらったのでな。少し、その辺りを走らせようと……」

「いかんな、王族が護衛の一人も伴わずに乗馬など。よし、ここは我と蛍雷が共に行ってやろう」

「いらん。女の供など……」

「そう言うな。我はこう見えても、お前よりも遥かに戦慣れしているのだ。羽透もいるしな。それに、お前が新しくもらった馬とやらにも興味がある。もしや、月兎馬か?」

 などと、うっきうきと楽しそうな顔をする慧馬。それを見て苦り切った顔で舌打ちする兄に驚きを感じるアベルであったが……。

「おい、ともかく、クラリッサ一人にやらせるな。古ぼけた祭りとはいえ、他国も参加するというならば、くれぐれも、恥を晒さぬようにしろよ」

 それだけ言うと、ゲインと慧馬は厩舎のほうに行ってしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 次期王位継承者のゲインとしては自分の代になった時の為に パライナ祭の場を利用して国威掲揚を図っておきたいでしょうね。 自分が主導した、と言っておけばゲインの評価も上がるし。 隠しきれないツ…
[良い点] 慧馬さんウッキウキだね。……ディオン・アライアが近くに現れた時とは大違い(流石に何度も遭遇していれば慣れて……いない?)。
[一言] 他の方も例えてますが、ヒルデブラント(ヤ○チャ)とゲイン(ベ○ータ)って感じですね
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