第十三話 UNYUNY
海産物研究所の中には、熱気が溢れていた。
各所に置かれた机には、それぞれ人々が集まり、羊皮紙を手に何事か話し合っていた。
ある机の上には魚が、ある机の上には貝が、さらにある机の上には、決してラフィーナが触れなさそうな、節のあるウニョウニョ(カラフルなやつ)が置かれていた。
人々は、それを熱心に観察しつつ、活発な議論が行われていた。
「ふむ、なかなか良い雰囲気ですわね。ふふふ、シャロークさんの言っていたとおりですわ」
パンパンっと手を叩く音。見れば、ミーアを出迎えに来ていた青年(確か、旗を振っていたやつだ!)が手を叩きながら、声を上げた。
「みなさん、注目を。ミーア姫殿下が見学にいらっしゃいましたよ」
そう言ってから、男はミーアのほうに体を向けて、
「先ほどは、名乗りそこなってしまいました。改めて、このセント・ミーア海産物研究所にヴェールガより派遣された、技術神官のロンボス・マーレと申します。暫定的ではありますが、この研究所の所長を務めております」
生真面目な顔で頭を下げる青年、ロンボスに、ミーアは愛想笑いを浮かべつつ……。
――って! 旗を振ってたこの方が所長なんですの? 大丈夫かしら……?
一抹の不安を覚えなくもないミーアであるが、それはさておき……。
ロンボス所長は集まって来た人々を紹介していく。
研究所内にいたのは、ヴァイサリアン族の者と、ガヌドス人が半々といったところ。そこに、ヴェールガから派遣された神官たちが混じり、作業をしている感じだ。
――ふむ、大体、四、五人のグループに分かれて作業をしているみたいですわね。そのグループ内もヴァイサリアン、ガヌドスと、ヴェールガと上手く混ぜてあるみたいですわね。
「ヴェールガから派遣された者が記録を作り、ガヌドス港湾国の漁師とヴァイサリアン族の者とが魚介類を獲ってきたり、解剖をしたり、料理をしたりと、実務的なことを担当しています」
「ほう、グルメレポートを作る……それは大切なことですわね」
ミーア、思わず頷く。
――確かに、どう料理すると美味しいのか、記録を残すことは意味がありますわ。あのミーア二号小麦だって、最初の内はあまり味が良くないと言われていたことですし……。
っと、納得顔をするミーアに、ロンボスは続ける。
「毒の有無などについては、特に記録を残しておかなければいけません。ミーア姫殿下がお考えなのは、養殖で育てやすく、なおかつ早めに食べられるよう成長が早いものだと思うのですが、その条件を満たしているとしても、毒があっては意味がありませんから」
「ああ、なるほど、確かに魚の毒の有無はしっかりと確認しておかなければなりませんわね。しかし、毒の有無を確認するのも、なかなかに手間なのでは?」
実際に食べてみて……などというわけにもいくまい。いったい、どうやっているのかと思えば……。
「幸いにも、海で生きてきたヴァイサリアン族には、古くより毒のある魚の知識が豊富にあるようですので。当面は、それを記録し、体系化することにしています。もっとも、海の魚を内陸部で養殖するのは、いろいろと難しい部分があると思いますが……」
っと、その時だ。
一人の老人がミーアに歩み寄って来た。
「ようこそいらっしゃいました。ミーア姫殿下」
「あら、あなたは……」
「ヴァイサリアン族のまとめ役をしてくださっているユホ長老です」
紹介を受け、ユホ長老は深々と頭を下げた。
「我らヴァイサリアン族を救ってくださった御恩は、生涯忘れません。しかし、まさか、本当に着いて早々に、こちらに来てくださるとは……」
驚きの表情を浮かべるユホ長老に、
「ほらほらぁー、だから言ったじゃなーい?」
得意げに胸を張ったのはオウラニアであった。それを聞き、ユホ長老は苦笑いを浮かべる。
「オウラニア姫殿下は、本当にミーア姫殿下を信頼成されているのですな」
「当然よー。だって、ミーア師匠はー、私の師匠なんだものー」
そんなやり取りをしつつ、ミーア一行は建物の裏口から外へ。
そこには、地面に穴を掘っている一団がいた。
「これは何をしておりますの?」
「生け簀を造っているんです。捕まえた魚や生物を入れておくためのもので」
「なるほど、生け簀……」
「ここで生きていられるようならば、村々に同じものを作り、飼うこともできると思うのですが……。上手くいくかどうか、こちらも試行錯誤がまだまだ必要です。なんと言っても海の魚は潮水でないと生きられないというのが定説でして……手探りで、と言いますか、手探りを始めたばかりといったところです」
「なるほど、しかし、これが上手くできれば、帝都でも新鮮なお魚が食べられる日が来るかもしれませんわね……」
鮮度が命と言われるポヤァを帝都で食べられる日が来るかもしれない。夢は広がるばかりである。
「うふふー、それだけじゃありませんよ、ミーアさまー。なんと言っても、これが帝国各地に作られればー、どこでも釣りができるんですからー」
「…………ほう」
っと声を上げたのはミーア……の隣にいつの間にか来ていたパティだった。
「帝国各地で釣り……」
なにやら、興味深げに、熱心に生け簀を眺めるパティであった。