第十一話 意外な援護
さて、ところ変わってレムノ王国。
「どうして、こんなことに……?」
クラリッサ・レムノは馬車の中、ゆっくり揺られながらため息を吐いた。向かう先は、神聖ヴェールガ公国の都、ドルファニアである。
レムノ王国からほとんど出たことのないクラリッサにとって、これは、なかなかに稀有な旅と言えた。
「まさか、こんなことになるなんて……」
正直なことを言えば、アベルのお願いには驚かされたが、同時に無理なことを言うなぁ、と呆れもしていた。
姫である自分が、レムノ王国の代表になることなど、絶対にあり得ない、との確信があったからだ。
――お父さまがそんなこと、許すはずがないのに。
レムノを代表するのであれば、第一王子のゲインであろうし、せいぜいが第二王子のアベルだろう。そのような栄誉ある役割が、王女である自分に自分に回ってくるはずがない、とクラリッサは確信を持っていた。
――なんか、アベル、すごくやる気みたいだけど……。可哀想に……。
などと、やる気になっている弟を、少しだけ不憫に思っていたりもしたのに。
「ああ、どうして、こんなことに……?」
クラリッサの嘆きは、深かった。
話は数日前に遡る。
その日、アベルは、父である国王と兄ゲインに、近々開催されるパライナ祭のことを話していた。王の私室には、父と母、二人の王子とクラリッサ、王家の全員が集まっていた。
「なに、パライナ祭だと?」
王の私室に、低い声が響く。
ピクンと眉根を寄せる父に、アベルは深々と頷いた。
「はい。セントノエル学園の主導の下、数十年ぶりに開催される予定なのですが……。父上は、パライナ祭をご存知ですか?」
「一度行ったことがある。複数の国で技術を共有しあう祭りだな。大陸の国々の平和と発展を願って……という名目で、自国の優位を誇る祭りだったはずだが……そうか、またやるのか」
その言葉に、なにか言いたげな顔をするアベルであったが、すぐに首を振り、
「そのパライナ祭の、我が国の代表にクラリッサ姉さまを派遣されてはいかがかと思いまして……」
「なに? 馬鹿なことを言うな。王女たるクラリッサが我が国の代表など、あり得ぬ」
一言で切って捨てる父である。不機嫌そうに吐き捨てる父を見て、ほらね、とクラリッサはため息を吐いた。
落胆もあったが、どちらかといえば、安堵のほうが強い。
結局のところ、何も変わりはしないのだ、という諦念は、変わらなくても良いのだという免罪符にもなる。
安易な平穏に、クラリッサが心を委ねかけた刹那……。
「構わないではないですか、父上」
そんな声が聞こえて、クラリッサは、思わず目を見開いた。
視線を向けた先、声を上げたのは兄、ゲインだった。
「む? なにを言うか、ゲイン。女を我が国の代表になど、あり得んぞ?」
ギロリと鋭い視線を向ける国王。けれど、ゲインは王ではなく、アベルのほうにチラリと視線をやってから……。
「パライナ祭については、私も存じております。それぞれの国が技術を持ち寄り、それを共有する祭り、各国が隠すことなく、自国の良い技術を持ち寄る祭りであると」
呆れたように肩をすくめて、彼は言った。
「それで、我がレムノは、いったい、なにを提供すればよいとお考えですか? 父上自慢の金剛歩兵団でも派遣しますか?」
「それもよかろう。国の至宝たる金剛歩兵団の勇猛な姿を見れば、他国は我がレムノ王国に畏敬を感じるに違いない」
恐らく冗談で言ったのであろうゲインの笑顔が、微妙に引きつっていた。
「ははは、そんな顔をするな。ただの冗談ではないか。そうだな、我が国の中を縦横無尽に走る交通網の話でも披露するか?」
レムノ王国内に整備された道は、国防の要。さらに、流通においても、他国に勝る点だ。パライナ祭に出しても恥ずかしくはない技術であるのだが……。
「お戯れを。まさか、素直に、我が国の強みを他国に披露するおつもりではないのでしょう。他国の軍備が強化されてしまいますよ」
やれやれ、と言った様子で首を振ってから、ゲインは言った。
「だが、下手に技術を出し惜しみすれば、他国から批判を浴びよう。なにかしら、我が国の誇れるものを出さなければ……」
「だからこそ、クラリッサに行かせればいい」
ゲインは、静かな口調で言った。
「パライナ祭といっても、主導しているのはセントノエルの生徒会。おそらくはティアムーン帝国の姫辺りが絡んでいるのでしょう。ヴェールガも聖女ラフィーナも出張ってくるのだとすれば、我が国が第二王女を代表にしたとしても、何も問題ないでしょう?」
「それは問題ないかもしれないが……ああ、なるほど……そういうことか。つまり、我が国としては、他国に合わせて姫を派遣したものの、その姫の能力が足りず、我が国の技術を上手く他国に伝えることができなかった、と言い訳をするのだな?」
王の言葉に、ゲインは底意地の悪そうな笑みを浮かべ……。
「いっそ、どのような技術を披露するのかも、クラリッサに決めさせればよろしいかと。我が国が代表として選んだ姫が、我々の期待したようには優秀ではなかった。それだけのことですから、我が国が批判されるいわれはないということです」
ゲインの言葉に納得した様子で、王は深々と頷いた。
「なるほどな。アベルも同意見か?」
父の視線を受け、アベルは一瞬押し黙るも……。
「そう……ですね。完全に一致はしていませんが……」
なんとも、微妙な答え方をする。
それにも気付かなかったのか、王は満足げに笑みを浮かべる。
「よかろう。ならば、我が娘、クラリッサに命じる。レムノ王国の代表として、パライナ祭に参加せよ」
そう言われてしまえば、クラリッサにはどうすることもできない。元より、自分には王に意見することは許されていないのだから。
「はい。かしこまりました、父上」
王命を粛々と受け取ったクラリッサは、かくして、レムノ王国を旅立つことになる。
パライナ祭の準備のため、ヴェールガの公都に行き、パライナ祭について詳しく打ち合わせを持つためであった。