第八話 忠言を素直に聞き入れて……
さて、ペルージャンの幸を堪能したミーアは、次なる目的地、ガヌドス港湾国に向かって出発した。目的は無論、タチアナに指示された通り、海の幸を堪能するためである。
「タチアナさんがああ言っておられたのですし、仕方ありませんわね。今回の旅は、あまり贅沢はせず、お魚料理を中心にいたしましょう。うふふ、楽しみですわ」
ミーアは下々の忠言には、しっかりと耳を傾ける素直なイエスマンなのだ!
……ちなみに、ガヌドスまでの移動で、時々、随伴していた東風に乗ったり、途中でしばらく歩いて運動してみたり、みなにダンスの稽古をつけたり、ときちんと運動指導にも従っていたりもする。
決して、ダブルスタンダードではないのだ。
ということで、休憩に立ち寄った村でみなでダンスレッスンをしている時のこと……。
「そういえば、ヤナとキリルは約半年ぶりの帰国ですわね。あれから、ヴァイサリアン族がどうなったか、気になっていたのではないかしら?」
そう問いかければ、目の前、ダンスのステップを踏んでいたヤナが小さく首を傾げた。
ちなみに、聖ミーア学園からずっと続けているため、だいぶ、ダンスがさまになってきている。
――ヤナは、見映えもよろしいですし、セントノエルのダンスパーティーなどでは、引く手あまたになれるんじゃないかしら……。
なぁんて思っていると、ヤナは、なにやら迷っている様子だったが……。
「気になると言えば気になりますけど……。あたしたちは、その……あまりヴァイサリアン族の中で生活していませんでしたから……」
「ああ、なるほど……」
ミーアは納得の頷きをみせる。
確かに、ヤナはヴァイサリアンのコミュニティで暮らしていなかったし、知り合いもいないのだろう。なので、そこまで心配はないのかもしれない。
――しかし、ヤナは良いのだとしても、わたくしのほうはそうはいきませんわ。なにしろ、ヴァイサリアンの解放を主導したのはオウラニアさんですけれど……わたくしは、その師匠ということになっているわけですし……。
なにかあったら、責任を問われること疑いない。
未知なるギロちんとの遭遇を回避できるよう、常に万全の備えをしておきたいミーアである。
――長らく島に閉じこめられていた一族と、直接的ではないにしても閉じこめていたガヌドス国民との間で、何事も起こらないと考えるのは、少々、楽観的に過ぎますわ。
きっと、大小さまざまなトラブルが起きているに違いない。
もっとも、ヴェールガ公国からも人員が送られているので、滅多なことは起こらないだろうと思ってもいるのだが……。
――いずれにせよ、注意が必要なことには違いありませんわ。
ミーアの基本的な政治信条は、あくまでも秩序と安定なのだ。
帝国の安定のためにも、隣国であるガヌドス港湾国も平和であってほしいミーアである。
――とりあえず、海産物研究所を視察して、オウラニアさんと会談。ついでに、国王陛下のほうも様子を見ておいたほうがよろしいかしら。今のところ、無気力状態で軟禁されているとのことですけど、油断は禁物ですわ。それに、あの蛇の暗殺者のほうも一応はチェックしておいて。
ガヌドスでやるべきことを、素早く脳内で整理するミーアである。
今日のミーアは、いつになく冴えていた!
その理由は、極めて簡単で、すなわち、ミーアは、そこまで好きではないのだ――お魚料理が!!
誤解のないように言っておくと、別に嫌いというわけでもない。美味しいとは思っている。
ただ、例えばペルージャンのあまぁいケーキとか、カッティーラとか、フルーツとか、あるいは、野菜ケーキとか、黄月トマトのシチューとか、キノコ鍋とか……そうしたものと比肩しうるものとは、まだ出逢えていないというだけなのだ。
ポヤァは良いところまでいっているが、それでもミーアを魅了するほどには、なっていないのだ。
そんなわけで、今のミーアは冷静であった。
脳みその使用率的に言うと、魚料理にはおよそ六割程度しか使っていない。残りは、ガヌドスの今後であったり、帝国の危機管理であったりに割けているのだ。
これは、なかなかに珍しい状況と言えるだろう。
「あたし……冷たいでしょうか?」
「ん……?」
ふいに聞こえてきた言葉に、ミーアは現実に引き戻される。
見れば、ヤナはステップを止め、気まずそうな顔でミーアのほうを見つめていた。
「ヴァイサリアン族は出身部族だし、もしかしたら、血の繋がりがある親族もいるかもしれないけど……あたし、全然、心配とかしてなくって……。キリルが食べるのに困ってないだけで安心しちゃってて……それに、むしろセントノエルのクラスメイトのほうが気になってて……母国に帰った子たちは元気かな、とかそんなことを思ってて……」
「あら、冷たいだなんて、そんなことございませんわ。ヴァイサリアン族のことをなんとかするのは、オウラニアさんや、わたくしたち、上に立つ者たちの仕事ですし」
あっけらかんと言ってから、ミーアはヤナの頭を撫でる。
「それに、自分が今幸せであることに感謝こそすれ、罪悪感を持つ必要などどこにもございませんわ。今まで苦労してきたというのであれば、なおさら、素直に幸せであることを喜んでおけば良いのですわ」
ミーアの言葉に、ヤナは小さく目を見開いて……。
「それ……ヨルゴス神父も言ってました」
「あら……ふふふ、これは、思わぬ方と意見の一致を見ましたわね」
ミーアは小さく微笑んでから、
「それにしても、そう……。特別初等部の子たちのことは、気になるんですのね?」
「えっと……おかしい、でしょうか?」
上目遣いで聞いてくるヤナに、ミーアはゆっくりと首を振った。
「いいえ、むしろ、特別初等部のみんなと、良い関係を築いているのだと思っただけですわ」
それから、ミーアは自らの祖母、パティのほうに目をやって……。
――パティも蛇の影響からは上手く脱することができたようですし、最近、少し表情が柔らかくなってきているように感じますわ……。この子もきっと良い影響を与えてくれているのですわね。
こうして、穏やかな旅は続いていくのだった。