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第六話 商人として

 帝国の叡智ミーア・ルーナ・ティアムーンの友人には傑物が多い。

 天秤王シオン・ソール・サンクランド、ヴェールガの聖女と呼ばれるラフィーナ・オルカ・ヴェールガに代表されるように、この時代の名だたる偉人たちがこぞって、ミーアの友人として記録されている。

 そんな中に、異彩を放つ人物がいる。

 彼女の名は、クロエ・フォークロード。フォークロード商会の娘である。

 ミーアの友人たちは、その多くが王侯貴族であり、その立場からミーアに協力したのに対し、クロエは商人としての視点を常に持ち続けた人だった。その見解には、いつでも商人の理、金儲けの論理が絡むため、時に批判を受けることもあった彼女であったが、決してその在りようを変えようとはしなかった。

 そして、帝国の叡智ミーアは、クロエを生涯、親しき友として扱い、その意見に耳を傾けたという。

 これは、後のクロエの生き方を決定づけることになった、とある出来事の記録である。


 歓迎の宴の翌日、ミーアは改めてシャロークとの会談の場を持った。同席したのは、クロエである。

 ちなみに、ベル探検隊の面々は、町に遊びに出かけている。

 ――ペルージャンには、特に冒険するところはないでしょうけれど、退屈していないかしら……。

 などと考えているミーアに、シャロークは真剣な顔で言った。

「実は、先ごろガヌドス港湾国の見学に行ってまいりましてな」

「ほう……。見学……それは、例の海産物研究所の視察に行ってきた、ということかしら……いえ、しかし、見学と言っても、まだ、特別な成果が出ているとは聞いておりませんけれど……」

 セントノエル学園、聖ミーア学園の共同研究として動き出す予定の海産物研究。すでに、プロジェクト自体は動き出していると聞いている。

 ガヌドス港湾国では、オウラニアの選定した釣り名人ゆうしきしゃを筆頭に、ヴァイサリアン族、さらにはヴェールガから送られた人員を合わせて、組織の編成は進んでいる。

 使用する建物も決まり、現在は内装を整えているところだという。

 今後、その活動は意義深いものとなっていくとは思うが、いかんせん、まだ動き出したばかりである。

 そもそも、活動の開始をパライナ祭で発表しようという段階なのだ。なにか、具体的な結果があるのならば、それも一緒にパライナ祭で発表すればよいとは思うが……今のところ、そんな報告は受けていない。

 試しに、発案者であるクロエのほうに目を向けてみれば、クロエも首を振っていた。

「なぁに、具体的な成果がなくとも、見えてくるものはありますのでな」

 シャロークは豪快に笑ってから、不意に、クロエのほうに目を向けた。

「いかがかな? フォークロード商会のクロエ嬢には、わかっていただけると思うのだが……」

「えっ……?」

 驚愕した様子で目を見開いたクロエだったが、すぐに姿勢を正し、

「はい。商人は、商品のみに目を留めるに非ず……。それを作り出した人たちに目を向けなければならない、と父から教わりました」

 しっかりとした口調で答える。

「しかり。さすがは、フォークロード商会のご令嬢。マルコ殿はよく教育されているようだ」

 感心したように頷いてから、シャロークはミーアのほうに目を向けた。

「すべての商人が商品を熟知していなければならないというのなら、私のように甘い物を控えているものは、菓子の取引をできない、ということになってしまいます。されど、当然、そんなことはない」

 その言葉に、ミーアは、ハッと目を見開き……思わず、シャロークを二度見する!

 ――え? 甘い物を、控えて……え?

 あのシャローク・コーンローグが!? と耳を疑うミーアに、シャロークは優しげな笑みを浮かべた。

「これは、いささか商人の理に寄った見方のゆえ、ミーア姫殿下には馴染みのない考え方やもしれませぬな。酒を飲めぬ商人は酒を扱えないか? 自分が苦手な食材を扱えないか? 答えは否でございます。同じように、商品の見た目、触り心地などが確認できない場合、その商品は扱えないか? その答えもまた、否でございます」

 ある世界では、商人王とまで言われた歴戦の豪商は、堂々たる口調で語る。

「では、なにを見るか? 答えは簡単、その商品の製作者のひととなり」

「製作者の、人柄を……」

 つぶやくミーアに首肯して、シャロークは言った。

「さようでございます。ミーア姫殿下。では、ここでもう一つ問います。“海産物の研究成果”の製作者とは誰になるか?」

「研究成果を商品と見なすならば、その研究に携わる者たちが製作者である、と?」

 その答えに満足げに頷いて、シャロークは続ける。

「私が見たところ、ガヌドス港湾国で作業にあたる者たちは、非常に熱心に仕事に取り組んでいました。やりがいも感じていた。彼らは、良い仕事をする。そう確信を持てました。金を出す価値がある、と」

 断言してから、シャロークは遠い目をした。

「商人は無駄金を嫌う。されど、将来のメリットを計算し、リスクを覚悟で払う金は、無駄金ではない、と私は考えています。いや、それを思い出したというのが正しいでしょうか。なにしろ、無駄金だと思っていたものに命を救われてしまいましたからな……」

 シャロークはお腹をさすってから、苦笑いを浮かべた。

「いずれにせよ、私は海産物の研究に価値を見出した。価値を見出したからには、商人として、一枚噛ませていただきます。それに、これからセントバレーヌの商人たちにも、一口乗らないか、と持ち掛けるつもりです」

「あら……、そうなんですの?」

 思わぬ言葉に、目をパチクリさせるミーアに、シャロークは深々と頷き、

「なにしろ、今はガヌドスに先行を許していますが、海はガレリア海だけではないのですからな」

「セントバレーヌは海に面した地。なるほど、確かに、あちらにも海産物の研究施設が作られる可能性は否定できませんわね。そこに、投資をしようと?」

 と、そこでミーアは首を傾げた。

「いえ、しかし、食料供給は、あくまでも慈善で成されるべきですわ。そこに商人の理が入り、不当に値段を釣り上げて飢饉を生みだすような愚は、わたくしのみならず、ラフィーナさまもお許しにはならないのではないかしら?」

「ご心配には及びません。食料そのものでなくとも、魚を育てるのであれば入れておく池、観察する建物などの設備、輸送用の馬車、研究員のための食事処など、そこには労働が発生しますゆえ」

「なるほど、それは確かにそうですわね。そして、労働が発生すれば、そこには対価が発生すると。それが、商人としての関わり方というものかしら?」

「さようでございます。残念ながら、人の善意は有限にございますゆえ。ミーア姫殿下のご威光が効くうちは、善意と正しさのゆえに続けられるかもしれませぬ。しかし、善意や正しさだけでは、長く続けることはできませぬ」

 それから、シャロークはクロエのほうに目を向けて言った。

「クロエ嬢、私は、これが我々の仕事であると考える。商人として、ミーア姫殿下を支え、なさろうとしていることに、別の視点を添えること。決して、商人としての視点を善意の名のもとに鈍らせてはならぬぞ。我らは利の視点から、ミーア姫殿下のなさりようを見なければならぬ。そして、善意の行動に利を結びつけるのだ。そうすれば、その偉業は長く続けられることになるだろう。それは我ら商人にしかできぬことなのだ」

 クロエは、その言葉に小さく目を見開いて……それから、神妙な顔で頷くのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまでのクロエの立ち位置は知識が豊富な参謀肌の友達(料理を除く)で、 父の仕事を継ぐ決意をしたタイミングを測りかねていましたが、よもやかつて父と犬猿の仲だった シャロークの言葉がきっかけ…
[気になる点] ミーア様は最初から「お友達価格」の取引してるんだから 利の視点は元々あったでしょうよ。今更ですわ。 [一言] まあ、コーンローグ氏の講義が円滑に進むように敢えてロートルやったと思いまし…
[一言] 「さようでございます。残念ながら、人の善意は有限にございますゆえ。ミーア姫殿下のご威光が効くうちは、善意と正しさのゆえに続けられるかもしれませぬ。しかし、善意や正しさだけでは、長く続けること…
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