第三話 目覚めよ! 乙女心!
「ミーアさま!」
っと、王宮のほうから走ってくる者がいた。長く美しい黒髪を揺らして近づいてきたのは、この国の姫君、ラーニャ・タフリーフ・ペルージャンであった。さらに、その隣には,息を切らせて、ちょっぴり苦しげな、クロエの姿もあった。
「ああ、ラーニャさん。それにクロエも。ペルージャンに来ていたのですわね?」
「はい。パライナ祭で出すためのミーアネットの情報をまとめていました。これまでの働きの記録と、食料を送った国々の記録なんかを……」
「おお、さすがはクロエですわね」
感心した様子で頷いてから、ミーアはラーニャのほうに目を向けた。
「お父さまからお聞きかわかりませんけれど、ペルージャンからも何人かパライナ祭に参加していただければと思っておりますけど……」
「はい。すでに人選は進めています。良い機会ですし、ミーア二号だけでなく、ペルージャンの幸をたっぷり宣伝して来ようと思ってます」
グッと拳を握りしめ、気合の入った顔をするラーニャである。
「ふふふ、それは心強いですわ。ふむ……、ペルージャンは良い感じで準備が進んでおりますけれど、同じように、他国にも生徒会から、あるいは、セントノエルからの使者を送っておいたほうが安心かしら……」
ユバータ司教は、すでにパライナ祭を開くことに賛同してくれている。ならば、正式にパライナ祭開催の告知をし、その趣旨を理解して人を送ってくれるよう、きちんと根回しをしておいたほうが良いかもしれない。っと、そこまで考えたところで、ミーアはクロエに視線を向けて、首を傾げた。
「ところで、クロエ、その格好はどうしましたの?」
実のところ、クロエが現れた時から、気にはなっていたのだ。
彼女が身にまとっていた服、それは、かつて、ミーアが着た、収穫祭用の衣装だった。
広い袖口、鮮やかな刺繍の施された帯、裾の広がったズボンと、紛れもなく、それは儀式用の服だった。
「いや、しかし、よく見ると、以前着させていただいたものよりは、少しだけ簡易にも見えますわね」
「実は、ミーアさまがいらっしゃると聞いて、ここ数日、クロエには、例の感謝祭の舞いを練習してもらっていたんです」
「まぁ、それはいったい、どうして……?」
「クロエにはミーアネットの運用だけでなく、小麦の輸出に関して、たくさん知恵を借りています。だから、今日の歓迎の宴で、ぜひ、一緒に感謝の舞いを踊ってもらいたくって」
――なるほど、宴の舞いにより、ミーアネットに尽力するクロエのことを民に知ってもらおうという配慮ですわね。
うむうむ、と納得の頷きを見せるミーアであったが、
「それで、実はミーアさまにも、また踊っていただけないか、と思いまして」
「あら、わたくしが?」
「はい。ベルさまやパティさん、シュトリナさんも……。それにヤナとキリルも一緒に……」
「そんなに大人数で? ですが、そもそもすでに収穫祭は終わっているのでは……?」
小さく首を傾げるミーアに、ラーニャは頷いてみせた。
「はい、今年は私が務めさせていただきました。でも、別に年に一度だけしかやってはいけないわけではないって思うんです……神聖典にも書いてあるじゃないですか。いつも喜び、絶えず感謝せよ、って」
ラーニャは、楽しげに笑って、それからチラリとベルのほうを見た。
「ベルさんがもう一度、ペルージャンを訪れて、一緒に舞が踊れるのは、きっと喜ぶべきことだって思うんです」
指摘されて、ミーアは気が付いた。
――確かに、ラーニャさんの言うとおりかもしれませんわ。ベルが再び過去に来て、こうしてペルージャンに来ているというのは、言ってみれば奇跡のようなもの。
あの日、あの廃城で命脈を断ち切られたベルという少女が、再び、この時代に現れたこと自体が奇跡であり、そして……。
――喜ぶべきことでもある、か。なるほど。その通りですわ。それに、ふふ、確かに楽しいお祭りは何度やっても良いものですし。
「ああ、それは良いですね」
その時だった。ベルが陽気な声を上げ、それから、ふとミーアのほうに視線を向けて……。
「ミーアお祖母さまは、もうすぐアベルお祖父さまとお会いになるのですし、少し運動したほうがいいかもしれませんね」
「…………はぇ?」
唐突な孫娘の指摘に、ミーア、咄嗟に自らのお腹と、二の腕をさすってみる。
……心なしか、FNYっとしているように感じたっ!
――い、いえ、錯覚ですわ。わたくしの、手のひらの感覚が、鈍っているに違いありませんわ。しかし……確かに先ほど、すこぅしだけ……ほんのすこぅしだけですけど、大きめなカッティーラを食べてしまったような気がしますわ。気のせいだと思いますけれど……タチアナさんに言われたこともございますし……。これは、少し頑張って……。
「あの舞を簡易にしたものもあるんですよ。集まった人たちみんなで踊れるようにって。だから、それをみなさんで踊るというのはどうでしょうか」
ラーニャの言葉にミーアは上機嫌に笑った。
「まぁ! そんなちょうど良い物がございますのね。ヤナとキリルも聖ミーア学園でダンスの鍛練を積んできましたし、簡易なものならばすぐ覚えられると思いますわ。こうなれば、この夏の締めくくりに夜を徹して踊りあかしますわよ!」
ミーアはグッと拳を握りしめ、
「今日食べたカッティーラの分……などとケチなことは言いませんわ。聖ミーア学園で蓄積した分もすべて消費して、最後にアベルと顔を合わせた時まで、戻しますわよ!」
ちなみに、当然、宴の料理も大変豪勢なものが用意されていたりするのだが……。民草の間で大人気のミーア姫殿下を大歓迎するために、民の総力を結集した非常に豪勢なお料理だったりするのだが……。
まぁ、どうでもいいことであった。