第二話 パティ、眉間に皺を寄せてしまう
「……ここが、ペルージャン農業国の王都……」
ユハル王との会談にミーアが臨んでいる間、パティとベル、シュトリナは王都を観光していた。
「以前、来た時はすごかったんですよ? ほら、あそこ」
そうしてベルが指さすのは、今まさに自分たちが登って来た坂だ。
「あの坂にいっぱいの小麦が敷き詰められてたんです。そこをミーアお姉さまとラーニャさまとで、歩いて登ったんだから」
「小麦……? その上を歩く? どうして、そんなことを……?」
ちょこん、と小首を傾げたパティに、ベルは指を振り振り説明する。
「なんでも、帝国に対する服従の姿勢を表すためみたいです。自分たちの宝を敷き詰めた坂道を、馬車で踏みつけて登ってもらうんだって。それで歓迎と恭順の意を示すんだって」
それを聞き、パティは呆れてしまう。
――馬鹿げた話……。でも、ペルージャンの怒りを買うためには、良いやり方かもしれない。
初代皇帝の悪だくみを実現するために、ペルージャンには最高のタイミングで裏切ってもらわなければならない。帝国に対して彼らが抱く怒りは、その助けとなるだろう。
「だけど、ミーアお姉さまは、小麦を馬車で踏みつけるなんてことできないって。かといって、この道を通らないことは、彼らの歓迎の意志を踏みにじることになるかもしれない、って。だから、靴を脱いで、裸足で登られたんです」
「裸足で……この坂を……」
思いもよらぬ行動に、パティはポカンと口を開けた。
それから「そうか! そんな解決策が……さすがはうちの孫だなぁ、やるなぁ!」っと、腕組みしつつ、うんうん、っと満足げな頷きをみせた。
「それで、ペルージャンのみなさんからは大いに歓迎されて。あ、それから、収穫感謝祭で演舞もしたんですよ。伝統の衣装を着て、感謝の舞を踊って」
「ミーアお姉さまが……?」
「うん、そうなんです。ラーニャ姫殿下が巫女姫として舞うことになっていたんですけど、ミーアお姉さまが、その踊りの指導をしていたこともあって、飛び入りで」
「……なるほど」
パティは、うんうん、っと納得顔で頷く。
まぁ、うちの孫ならダンスの天才だし、そのぐらいやるか……。
などと、心なしか、ドヤァな顔になっていたが……。
「うふふ。ボクも一緒に感謝の舞を踊ったんですよ」
その言葉に、ギョッと目を見開いた。
「……えっ!! ベルお姉さまも……? 儀式に参加した、ということですか?」
恐る恐る、といった具合で確認するパティに、ベルは得意げな顔で、
「はい、そうなんです。こう、かん、かかーんって……」
っと、ひょこひょこ飛び跳ねる。それは、実に軽い調子というか……とてもではないが、神聖な儀式のダンスには見えないもので……。
パティは、かくんっと首を傾げ……。
「……儀式の舞って、細かい動作とか決まっていそうだけど……大丈夫だったのかな?」
孫娘ミーアに比して、ベルへの信用度が微妙に低いパティである。
なんか、途中で踊り方を忘れて、アドリブをひょいひょい差し挟みそうだけど……大丈夫だったんだろうか……? っとひどく心配になってしまう。
「リーナも見たかったなぁ。ベルちゃん、ダンス上手いし」
などという言葉が聞こえてくるも、熱烈な親友の証言など、聞くに値せず! とばかりに、パティの心配が晴れることはなかった。
まぁ、それはさておき……。
「あら? 懐かしい話をしておりますわね」
「あっ! ミーアおば……お姉さま、もう、ユハル陛下との会談は終わったのですか?」
「ええ、つつがなく」
やわらかな笑みを浮かべ、ミーアは言った。
「今夜は宴を開いていただけるということでしたわ。あなたたちもたっぷり食べて、寝て、疲れを癒すとよろしいですわ」
ニコニコ、穏やかな笑みを浮かべながら、ミーアはパティに目を向けて……。
「あっ、そういえば、パティもペルージャンに来ることになるみたいですわよ」
ふと思い出したというような口調で言った。
「……へ?」
きょとんと首を傾げるパティに、ミーアは続ける。
「皇妃時代に、だったかしら? ユハル陛下とお会いしてるとか聞きましたけど……」
突然の重要情報に、パティは眉をひそめる。
「その時に、なにか大切なお話を……?」
「いえ、特には聞きませんでしたけど……ただ、ユハル陛下の記憶に残っているということは、それなりに印象深い訪問だったのではないかしら?」
その言葉にパティはムゥッと眉をひそめる。ベルの適当さを心配していたら、思わぬ方向から流れ矢が飛んできてしまった。
――つまり、訪問時の振る舞い方は私の判断に委ねられるということ……。
それから、ハッとした顔で、
「……まさか、私の言葉がラーニャ姫殿下やアーシャ姫殿下の誕生に関係したりとかは……」
「いえ、さすがにそうそうそんなことにはならないと思いますけれど……」
ガヌドス港湾国という前例がある以上、ミーアの言葉は微妙に歯切れが悪かった。
ますます、パティは頭を抱える。
「……そう。それなら……ああ、でも……この坂の登り方を考えておかないとダメか……」
どうせ、自分の時にもそのわけのわからない歓迎をしてくれるのだろうけど、どうしたものか……。
「ミーアお姉さまの真似をしたら、ミーアお姉さまのインパクトが薄れてしまうし……。馬車を降りて登るだけにするか……それとも……冬に来れば大丈夫? 保管していた小麦粉を道にまいたりは、さすがに……いや……」
難しい顔をするパティに、ミーアは、
「パティ、とりあえず、考え事の時には甘い物が良いですわ。カッティーラはまだ食べておりませんでしたでしょう? せっかくですし、ペルージャン滞在中に食べていきましょう」
上機嫌にそんなことを言った。
その時に食べたカッティーラの美味しさが、将来、パティが皇妃として訪れた際に会話の糸口になったりならなかったり……、カッティーラがパティの好物になったりならなかったりするのだが……。
それはまた、別のお話であった。