第一話 スイートプリンセスミーア
さて、そんな具合で久しぶりの再会を経て、バッチリ健康チェックと食事指導、運動指導を受けて、さらにさらに……。
「それと、お魚の脂は体に良いと聞いたことがあります。ガヌドス港湾国で魚をお食べになるのは良いのではないかと思います」
っと、ガヌドス食道楽ツアーのお墨付きをもらったり、
「なるほど、パライナ祭とは、懐かしい祭りの名ですな。しかし……そうですか。これは、一枚噛ませていただくとして……ふぅむ」
なにやら、商売の香りを嗅ぎ取ったらしいシャロークとの会談をしつつも、一行は王都オーロ・アルデアに到着。
ミーアはペルージャン農業国王、ユハル・タフリーフ・ペルージャンとの会談に臨んだ。
「ユハル国王陛下、ご機嫌麗しゅう」
「ミーア姫殿下、ご機嫌麗しゅう」
ラーニャの母である王妃や弟とも挨拶を交わしてから、ミーアは早速、本題に入った。
「ラーニャ姫殿下からお聞き及びのことと存じますが、今度、ヴェールガ公国でパライナ祭が開催されるので、寒さに強い小麦……」
「ミーア二号小麦ですな」
即座に、そう言われ、ミーア、一瞬、言葉を失う。
自分たちも開発に協力している小麦の名前に他国の姫の名が冠されていることは、彼らにとってはあまり面白くないのでは……? と危惧するも、ユハル王はまったくもって気にしていない様子。
ということで、ミーアはそのまま話を進める。
「そう、その……ミーア二号小麦……? をパライナ祭で大々的に広めるつもりなんですの。調理法と、それに発見、品種改良の経緯などを教えて……。それで、そのために、ペルージャンからも人を送っていただけないか、と思いまして……」
「我が国から、でございますか?」
「ええ、寒さに強い小麦を見つけたのは、アーシャ姫殿下とセロですけど……それを増やすにあたっては、ペルージャンの知識や技術が大いに用いられたと聞いておりますわ。ならば、寒さに強い小麦の功績を、我が帝国だけで享受するのは、いささか公平性を欠くことのように思いますし。この際ですから、パライナ祭で、ペルージャンの農業技術の高さを各国にアピールしてみては、いかがかしら?」
ペルージャン農業国とは、いつでも良い関係を築いておきたいミーアである。普段から仲良くしておいてこそ、困った時にも小麦を融通してくれよう、という気持ちになるものだ。
寒さに強い小麦の功績を、帝国で独占するなどというのは、やはりユハル王にとっては面白いことではないはず。ただでさえ、小麦にミーアの名を冠してしまっている以上、きっちりとペルージャン側の功績を世界に示しておかなければ、心証としてはよろしくないだろう。
ニッコリ笑みを浮かべてから、ミーアは続ける。
「それに、ミーアネットの存在を知らしめる良い機会かもしれませんわ」
大陸各国における、食料相互援助の仕組み、ミーアネット。
各国で食料をめぐっての戦が起こらぬよう、戦の火が残されていた食料すらも焼き、革命の炎へと変じてしまわぬように、という……あの仕組みではあるのだが、これも知られていないのでは意味がない。
――知られていなければ助けを求められないですし、仮に知っていたとしても、恥じて助けを求めない王侯貴族もいるかもしれませんわ。けれど、これもヴェールガの……、ラフィーナさまのお墨付きを大々的にアピールしておけば、より効率的に飢饉を防ぐことができるはず……。
一部で餓死者が出て、一部では食料を腐らせる……。それがどれほど不合理なことか……。ミーアとしては、あの革命時に味わったような苦労は二度とごめんだと思う次第である。
「パライナ祭は、良い機会になるのではないかしら?」
しみじみとつぶやくミーアに、ユハル王は静かに首肯した。
「なるほど……確かに」
ユハル王は、久しぶりに見る帝国の叡智に感銘を受けていた。
――やはり、帝国の叡智……約束を違えぬ高潔さ、実現する知恵……さすがだ。
かつて、皇女ミーアとの間で交わされた約束……。
帝国との間で交わされた条約の改定。それは、長く帝国の属国として扱われてきたこの国が、一国として自立することを意味していた。
そして、軍隊を持たぬこの国が、自衛のために取ろうとしている方策こそが、ミーアネットの本部を置くことであった。
――帝国との条約が生きている間に各国に知らしめよ、ということか。
属国の立ち位置を脱し、帝国軍という後ろ盾を失う、その時までに、この国の価値を知らしめなければならない。この国を攻めることがなにを意味するのかを、世に示さなければならないのだ。
そのことをしっかりと指摘されたような気がして、ユハル王は静かに目を閉じた。
――やはり、この方は帝国の叡智。決して甘いだけの方ではない。しっかりと、国王としての責務を果たせ、とお求めになる方なのだ。
もっとも、これだけ状況を整えてくれるのであれば、やはり相当に甘い方だと思うのだが、とユハルは苦笑いを浮かべた。
それから彼は、パンッと手を叩いた。
「では、難しい話はここまでとして……。お茶の時間といたしましょう」
その合図をきっかけに、周りの者たちが動き出す。
ミーアの目の前に、ドドォン! っと置かれたのは、お城には及ばないまでも、巨大なカッティーラだった。ミーア、思わず、舌なめずり!
一瞬、タチアナのダメですよ! という顔が脳裏を過り、ソワソワしているアンヌの姿が視界を過るも……。
――お替りしなければ、セーフではないかしら? それに、後で体に良いお魚を食べれば……タチアナさんの特別運動メニューもございますし…………ふむっ!
自分に甘いミーアは、口に甘いカッティーラをせしめて、上機嫌になるのであった。