プロローグ 皇女ミーアの放蕩(三昧)祭り~あら? わたくし、また何かやらかしちゃいまして?(迫真)~
数日間にも及んだ討論会を終え、ミーアが旅立つ日がやってきた。
「では、パライナ祭の準備、任せましたわよ」
ミーアの言葉に、聖ミーア学園の生徒たち、並びにグロワールリュンヌの精鋭たちが背筋をピンと伸ばした。その顔を見て満足げに頷いてから、ミーアは、フーバー子爵、ガルヴ学長のほうに目を向ける。
「両校の協力によって生み出される素晴らしい成果に期待していますわね」
っと、両校の指導者たちも激励してから、聖ミーア学園を後にする。
次なるミーアの目的地は、ペルージャン農業国だった。そこから、さらにガヌドス港湾国を経由して、最終目的地は、ヴェールガ公国の神聖図書館である。
ミーアの受け入れ準備をするというユバータ司教とレア、リオネルのヴェールガ勢とはここでいったん別れ、さらに、何食わぬ顔でシュシュっとついて来ようとする父にも、
「陛下……帝国内ならばまだしも、さすがに、国を離れるのは……」
「なっ、なん……だ、と?」
愕然と目を見開くマティアスであったが、すぐに厳粛な顔で頷き、
「いや、実はな、ペルージャン農業国には私も挨拶に行かねばと常々……」
「陛下、ミーア姫殿下が非常に力を入れてご準備されているパライナ祭に参加できるよう、国内の政治状況を整えておく必要があるように思うのじゃが……」
むんず、っとマティアスの腕を掴んだのはヨハンナだった。
さすがに、皇帝にグリグリ―ッとやるのははばかられたようだったが……その手が一瞬、拳の形になりかけたのを、ミーアは見逃さなかった。
「むぅ……それは、そうだが……そういうことであれば……だが、ぐぬぬ」
それでも、まだ諦め悪く唸っている父であったが……、
「わたくしたちが頑張って準備したパライナ祭、ぜひ、お父さまにもご覧いただきたいのですけど……さすがに、ペルージャンに行って、さほど時間が経たないうちにお祭りに参加するのは、無理かもしれませんわね。残念ですわ……」
わざとらしくしょんぼりした顔を見せるミーアに、マティアスは、うぐぐぐぐぬっ! っと歯ぎしりしてから……はぁ、っとため息。
「まぁ、仕方あるまい。当面は、政務をこなすことにしよう」
それを聞き、ホッと安堵のため息を吐くミーアである。
「いや、しかし……皇帝として、パライナ祭には参加していただくほうが良いのでしょうけれど……。ううぬ、大丈夫かしら……」
途端に不安になるミーアである。
各国首脳の集まる場で、パパ呼びを求められるのは、避けたいところであるが……。まぁ、それはともかく。
そんなわけで、ミーアと同行することになったのは、パティとベル、シュトリナ、さらに、ヤナとキリルであった。
ルードヴィッヒら文官勢もいったんここで別れて、国内政治のために尽力してもらう。
ちなみに、特別初等部の子どもたちは、もうしばらく聖ミーア学園に残ることになった。
パライナ祭の準備を手伝いながら、いろいろと勉強するらしい。
そんなこんなで、みなと別れて馬車に乗り、旅のお供に、と用意してもらった焼き菓子をもぐもぐ、もぐもぐしていたミーアであったが……そこで、はたと気がついた。
――あら? しかし、今回の成果って、結構ものすごかったのではないかしら……?
なにしろ、帝国中央貴族とは、言ってしまえば、初代皇帝の申し子のようなもの。少し油断すると、ひょいひょいとギロちんと手を繋いでやってくる、やべぇ連中なのである。
そんな彼らに対して強い影響を及ぼせるグロワールリュンヌに楔を打ち込むことができた。これは、なかなかの戦果であったのではなかったか?
「ふむ……上手くいって良かったですわ」
そうして上機嫌になったミーアは…………ついつい、やらかしてしまったのだ。
ペルージャン……食い倒れツアーを!
ペルージャン農業国、王都オーロアルデアまでの道すがら。立ち寄る村々で大歓迎を受けるミーア一行。
連日、連夜、数多の果物と美味しいペルージャン料理の数々が、ミーアたちに襲いかかってきた!
「うふふ、プニッツァに比べて、ターコースは薄いから何枚でも食べられますわね。薄いから、何枚食べても、きっと問題ないに違いありませんわ!」
などと鼻歌を歌うミーア。アンヌが止めなければ、何枚食べていたのかわからないぐらいだ。さらに、ベルやシュトリナ、食べ盛りのパティたち年少組三人もなかなかに良い食いっぷりを見せるものだから、気を良くした村人たちが次々とお料理を運んできてくれたりもして。
「うふふ、デザートも楽しみですわね。久しぶりにカッティーラも食べたいですわ」
ニコニコニッコと満面の笑みを浮かべながら、体を弾ませつつミーアは言う。
「あっ、どうせでしたら、ペルージャンのお城に匹敵するぐらい巨大なカッティーラでも……」
「ミーア姫殿下……、お久しゅうございます」
……その時だった。不意に声をかけられ、視線を転じる。っと、そこには、巨漢の男が立っていた。
「あら……、あなたは……シャロークさん?」
以前より、さらにシュッとして、なんとなく若々しさすら出て来たようにも見える大商人、シャローク・コーンローグは朗らかな笑みを浮かべて頭を下げた。
「ご機嫌麗しゅうございます、姫殿下」
「ご機嫌よう、シャロークさん。こんなところで、お会いするなんて、奇遇ですわね……んっ?」
ふと、ミーアは気付く。
なんだろう……なにか、こう、大事なことを忘れているような……。シャロークと同行することが多い、重要なダレカのことを忘れているような気が……。
「……ミーア姫殿下……ご機嫌麗しゅうございます」
その、聞き覚えのある声を聞いた瞬間、ミーアの肩がピクリと震えた。
ぎくしゃくっと視線を転じると、そこに立っていたのは、眼鏡をかけて、生真面目な表情でミーアを見つめる少女……、タチアナだった!
「あっ、ああ、タチアナさん……これは、お久しぶりですわね。お、おほほ」
「お食事中に申し訳ありません。ついつい、とても美味しそうな物が見えたので、来てしまいました」
眼鏡をキラリと光らせつつ、タチアナが言う。その顔が、なぜだろう……ミーアには、クソメガネ・ルードヴィッヒと同じぐらい、迫力のあるものに見えてしまって……。
「旅の途中ですし、とてもたくさん食べておいでですね。それも、お替りまで」
「えっ、ええ、そそ、そうなんですのよ。おほほ、ここ最近、食べるのをセーブしていたから……今日は、その、特別に? ちょっぴりサービスでたくさん食べようかな、って」
「……プニッツァ」
「…………はぇ?」
タチアナの口から出た単語に、ミーアの頬がかすかに引きつる。
「アンヌさんから相談を受けておりまして……。とても美味しそうな食べ物だなって思ったので、今度、私も食べてみたいなって思ってたんですけど……」
眼鏡の奥、鋭く、刺すような目つきで見つめてくるタチアナ。その顔は柔らかな笑みを浮かべているはずなのに、目だけが笑っていなかった。
――ああ、これは……きっとたくさん、食事指導されてしまうやつですわ……。うう、厳しい運動指導もあるかも……。
ふと視線を向けると、なにやら、シャロークが憐れむような顔で見つめていた。
ずずぅんっと気落ちするミーアに、タチアナは、思いのほか真剣な顔で続ける。
「確かに歓待の品を残せないというのは、わかります。たまには、ご褒美にお腹いっぱい食べるのも悪くはないと思います。でも……食べ過ぎは体に良くないと、私は言わなければなりません。ミーアさまはこの帝国に、大陸に、必要不可欠な方です。それに、ミーアさまがお体を壊せば、お世継ぎにも影響します」
ガタっと! 音を立てて、誰かが立ち上がった。
音のほうを見ると……シュトリナが、ちょっぴり青い顔をしていた。それを見て、ミーアは、はて? どうしたのかしら? と小首を傾げる。けれど、すぐにその脳裏に、彼女の父、ローレンツ公の顔が思い浮かび……。
――ああ、リーナさんもご自分が食べ過ぎたと自覚したのですわね。ふふ、そうですわよね。リーナさんのお父さまもふっくらしたローレンツさんですし……。心配ですわよね……。
ミーア、納得顔で頷き、シュトリナのそばに歩み寄ると、
「大丈夫ですわ、リーナさん。ローレンツさんの血が入っていると言っても半分に過ぎませんし、わたくしと一緒に運動を頑張ればすぐに引き締まりますわ」
ぽむぽむ、っとその肩を叩いた。
「え……? お父さまが、なにか……………………っ! っ!!!」
シュトリナは、きょとん、としばらく首を傾げていたが……突如、ハッとした顔をして……。なぜか、むぅっと頬を膨らませた。
それから、シュトリナはタチアナのほうにずんずん歩み寄り、
「タチアナさん、ミーアさまのご健康のために、少し厳しめの運動をさせたほうがいいと思う……手加減なしで」
「えっ、あ、あら? り、リーナさん、ど、どうしましたの? わたくしはあなたの味方ですのよ? なぜそのような……」
「ベルちゃんのお母さまが、健康に生まれてくるように、ミーアさまにも健康でいていただかなければいけないので……」
それは、まぁ……正論……ではあるのだろうが……。
――な、なぜかしら? なにやら、リーナさんの言葉に、心なしか、ちょっぴり怒りの色が含まれているような……あら? わたくし、なにかやってしまったのかしら?
しきりに首を傾げるミーアであった。
夏休み明けの今週はゆっくりまったりで進めていきます